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2008/2/29

フリーメーソン-62  EUの創始者 リヒャルト・クーデンホーフ  フリーメーソン
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リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー(1894-1972)


EUの創始者であるリヒャルト・クーデンホーフは、明治時代にオーストリア=ハンガリー二重帝国の代理公使ハインリヒ・クーデンホーフ・カレルギーとその妻である日本人女性、青山光子の間に生まれた次男で、映画カサブランカでイルザ(イングリッド・バーグマン)の夫役ラズロ(ポールヘンリード)のモデルとなった人物で、1920年代前半にウイーンのロッジに入会したフリーメーソンであります。

http://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Nikolaus_Graf_Coudenhove-Kalergi

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2008/2/28

フリーメーソン-61  クラーク博士  フリーメーソン
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ウィリアム・スミス・クラーク(1826-1886)

欧米のフリーメーソンたちと明治維新を成し遂げた明治新政府は、日本の近代化を図るため御雇い外国人と呼ばれる指導者たちを日本に招き、教育を受けました。 明治政府は北海道に開拓使をおき、その初代長官に黒田清隆を任命しました。  その黒田が招いたのが、マサチューセッツ州のグランドマスターをしていたフリーメーソンのクラーク博士です。

クラーク博士は、明治の初め札幌農学校(現北海道大学)の設立時に来日し、任務を終え、アメリカに帰るとき見送りに来た学生達に「Boys,Be Ambitious!(少年よ大志を抱け!)」と云う言葉を残して去って行った事で有名です。

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2008/2/27

フリーメーソン-60  田原坂 (たばるざか)  フリーメーソン
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西郷隆盛(1828-1877)


薩長同盟の成立、王政復古に成功し、明治維新の大きな功労者である西郷隆盛は、朝鮮政策をめぐり、大久保利光と対立し、鹿児島に戻り私学校で教育に専念。 新政府の国民皆徴兵制より、職業軍人としての特権を奪われた士族の反乱が続く中、明治10年(1877年)に私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となるも、田原坂の激戦を経て、生まれ育った鹿児島に戻り、城山での最後の決戦に散りました。 

こうして、徳川封建制度で長く続いてきた士農工商の身分制度はなくなり、明治維新は事実上、成し遂げられる事になります。   西郷隆盛、享年49歳。


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2008/2/26

フリーメーソン-59  戊辰戦争  フリーメーソン

1868年
1月      鳥羽伏見の戦い
4月      江戸無血開城
4月下旬〜  会津戦争開始
5月2日    奥羽列藩同盟成立
5月      上野戦争(彰義隊討伐)
5月〜8月   北越戦争
9月22日   会津藩降伏
10月〜    旧幕府艦隊、北海道(蝦夷地)に到着、平定。 蝦夷共和国を宣言。

1869年
4月       新政府軍、蝦夷地上陸。 箱館戦争。
5月18日   五稜郭降伏、戦争終結

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2008/2/24

フリーメーソン-58  龍馬暗殺 〜真犯人〜  フリーメーソン
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京都霊山護国神社 (明治維新に尽くした1043名を弔い、坂本龍馬の墓もある神社)


坂本龍馬暗殺の真犯人について、結論から言えば、イギリス(アーネスト・サトウ、ジャーディン・マセソン商会、グラバーなど)、薩摩藩(島津久光、大久保利通、西郷隆盛など)、長州(伊藤博文、井上馨、など)、土佐藩(後藤象二郎、岩崎弥太郎、など)のラインで
坂本龍馬の暗殺が計画され、雇われた刺客により坂本龍馬と中岡慎太郎は斬られたというのが、私の説です。


フリーメーソン-57 龍馬暗殺 〜幕末の政情〜
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/649.html

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タグ: 坂本龍馬 暗殺 犯人

2008/2/23

フリーメーソン-57  龍馬暗殺 〜幕末の政情〜  フリーメーソン
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龍馬が暗殺された近江屋の地図


慶応三年(1867年)11月15日、京都河原町三条入ル 「近江屋」 で、盟友の中岡慎太郎とともに、龍馬は幕末の露と消えてゆきました。  坂本龍馬 享年33歳。


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タグ: 坂本龍馬 暗殺 幕末

2008/2/21

フリーメーソン-56  大政奉還  フリーメーソン
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徳川慶喜(1837-1913)


慶応三年(1867)6月9日に土佐藩参政、後藤象二郎とともに藩船「夕顔」に搭乗し長崎を出航した龍馬は、八ヶ条の時勢救済案をまとめ、後藤に提示しました。

これが有名な「船中八策」で、幕府と討幕派との武力衝突を避けうる可能性を提示しており、この文書は 「大政奉還に関する建白書」 の基案となり、明治新政府の 「五箇条の御誓文」 にもつながる注目すべきものでありました。

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2008/2/20

フリーメーソン-55  メーソンだらけの明治維新  フリーメーソン
フランスの全権大使として江戸に赴任したレオン・ロッシュはグラントリアン(大東社)のメンバーで徳川幕府を支援し、横須賀製鉄所を開かせ幕府の軍制改革に助力し、

一方、倒幕側にはイギリス系のメーソンであった、トーマス・ブレイク・グラバーがつき、倒幕諸藩に武器弾薬、艦船などを売り、軍事援助を行いました。

フリーメーソン-9  グラントリアン(大東社)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/599.html
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2008/2/19

フリーメーソン-54  長州ファイブ  フリーメーソン
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長州ファイブ


長州ファイブとは、幕末に長州藩から上海経由でヨーロッパに派遣され、主にロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジなどに留学した、 井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝) の5名の長州藩士の事で、

ロンドン大学に長州ファイブ(Choshu Five)として、彼ら5人の顕彰碑が建てられています。


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2008/2/17

フリーメーソン-53  五代友厚  フリーメーソン
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五代友厚(1836-1885)


薩摩藩の中で、最もグラバーが最も仲がよく、信頼を寄せたのが薩摩藩士の五代友厚で、1865年にグラバーの仲介で薩摩藩から森有礼を含め19名でヨーロッパに留学しています。

彼は、グラバーのエージェントとして、明治維新に貢献しましたが、多くの薩長の志士たちが軍人や政治化になっていったのに対し、国際派で産業と経済発展の重要性を理解していた彼は実業界に身を投じ、大阪および日本の経済界をリードしてゆきました。


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