renaissancejapn@aol.com

2008/6/13

フリーメーソン-108  日本の原爆開発  フリーメーソン
クリックすると元のサイズで表示します
仁科芳雄 博士 (1890-1951)


1942年6月、フリーメーソンのフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、国家プロジェクトとして、原子爆弾の研究開発着手を決意し、1942年9月にレズリー・リチャード・グローヴス准将が責任者として着任し、マンハッタン計画はスタートしましたが、

日本では1941年(昭和16年)に、陸軍が理化学研究所に原子爆弾開発を委託し、1943年1月に同研究所の仁科博士を中心に開始されました。    もう一方で、日本海軍も1941年5月に京都帝国大学理学部教授の荒勝文策に、原子核反応による爆弾の開発を依頼し、1942年には核物理応用研究委員会を設けて、京都帝国大学と共同で原子爆弾の可能性の検討に入りました。

すなわち、日米共に、ほぼ同時期に原子爆弾の開発プロジェクトをスタートさせた事になります。


続きを読む
6


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ