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2008/7/2

フリーメーソン-117  日本とフリーメーソン-1  フリーメーソン

記録上の最初のフリ-メーソンは、オックスフォード大学にアシュモール博物館を寄贈した17世紀の古代文化史家エリアス・アシュモールで、彼は1646年10月16日の日記に、ランカシャーのウェリントンで、フリーメーソンに加入した事を記しています。

イギリスの近代フリーメーソンの歴史は、1717年に始まり、当時の代表的な新聞 「タトラー」 が1709年6月に、独自の合図と符丁で相手を確かめるフリーメーソンについて、言及しています。

当時のフリーメーソンの活動は、共通の趣味・関心をもつ男性が、社交・娯楽・飲食を目的として、居酒屋に集まるクラブのようなものでした。 1717年6月24日(聖ヨハネの日)にロンドンにあった四つの居酒屋(ロッジ)が統合し、グランドロッジを結成しました。 この時、統合された居酒屋は、「アップル・トゥリー」、「クラウン」、「ラマー・アンド・グレイブズ」、「グース・アンド・グリドリアン」で、初代グランド・マスターに選ばれたのは、アンソニー・セイヤーであります。

そして、この団体はまたたく間にヨーロッパ中に広がり、フランスでは1725年にパリで初めてのロッジが設立され、1773年にはグランドロッジの廃止とグラントリアン(大東社)の創設が決定されました。

グラントリアン(大東社)の創設は、イギリスのフリーメーソンからの独立を目指したもので、イギリスのグランドロッジが、神の存在と魂の不滅製を前提としていたのに対し、グラントリアンはその前提を否定し、急進的な無神論結社となってゆきました。

オリアン(東)は太陽の昇方向としての「光」を意味し、「フランスを導く偉大な光」という期待をこめて名づけられたものです。

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