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2010/1/15

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広開土王陵碑


広開土王碑(こうかいどおうひ)は、高句麗の第19代の王である広開土王(好太王)の業績を称えるために息子の長寿王によって414年旧暦9月29日(碑文によれば甲寅年九月廿九日乙酉)に建てられた石碑で、広開土王碑は現在吉林省集安市の好太王陵の近くに位置しています。

この碑に、新羅と百済は、倭国の属国となった経緯が記されています。 それは,以下のようなものです。


「 もともとは、新羅と百済は高句麗の属民で朝貢していたが、倭が辛卯年(391年)に海を渡り百残・加羅・新羅を破り、臣民としてしまった。 」


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