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2010/12/17

邪馬台国と卑弥呼-28  自ら太伯の後と謂う  邪馬台国と卑弥呼
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三国志 魏志 倭人伝



中国では日本人を「呉の太伯の子孫」とする説があり、「魏略」逸文や「梁書」東夷伝には、倭人は「自謂太伯之後」(自ら太伯の後と謂う)と記されています。

太伯(たいはく)は、中国周王朝(BC1046-BC256)の古公亶父(ここうたんぼ)の長男ですが、権力闘争に嫌気が差し、中国の南方に移り住み呉を建国した人です。

やはり、邪馬台国や大和朝廷をつくったのは、中国南部から海を渡ってきた、稲作と漁業をなりわいとする海人族だと思われます。

そして由緒ある官幣大社である鹿児島神宮には、太伯が祭神として祀られています。
社格 : 官幣大社>国幣大社>官幣中社>国幣中社>官幣小社>国幣小社>別格官幣社




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