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2011/10/10

邪馬台国と卑弥呼-146  蘇我氏 と ヒスイ    邪馬台国と卑弥呼
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乙巳の変
江戸時代、住吉如慶・具慶の合作によって描かれたもので、左上は皇極女帝。
談山神社所蔵『多武峰縁起絵巻』(奈良県桜井市)


645年に三韓(新羅、百済、高句麗)から進貢(三国の調)の使者が来日。 三国の調の儀式は朝廷で行われ、大臣の入鹿も必ず出席する事から、中大兄皇子(後の天智天皇)と鎌子はこれを好機として蘇我入鹿の暗殺の実行を決め、実行しました。 

これを、乙巳の変(いっしのへん)と呼び、その後、中大兄皇子は体制を刷新して大化の改新と呼ばれる改革を行います。


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