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2020/8/31

自動車産業 と ロスチャイルド  財閥(日本・世界)






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Peugeot S.A 
設立   : 1882年(自動車メーカーとして)
本社所在地: パリ Ave de la Grande Armée



プジョー(Peugeot S.A.)は、フランスの自動車メーカーで、かつ世界最古の量産自動車メーカーである。同じフランスのシトロエン等を傘下に持ち、企業グループ「グループPSA」を構成している。   wiki












1886年(明治19年)、ドイツ人のカール・ベンツがガソリンエンジンで動く自動車の特許を取得し、1890年代から自動車生産をはじめ、1890年にゴットリーブ・ヴィルヘルム・ダイムラーが自動車会社(Daimler Motoren Gesellschaft)を設立、1926年に両社は合併しダイムラー・ベンツ(Daimler-Benz AG)となり、自動車産業は産声をあげます。




そして、フランス人のパナールとプジョーが、ガソリン自動車の特許を買い、世界の自動車産業の歴史はスタートしますが、当時高級品であった自動車を普及させるためには、金に糸目をつけず購入し、巨額の開発費を出してくれるパトロンが必要でしたが、




そのパトロンとなったのが、ロスチャイルド一族であります。




フランスのプジョー工場で製造された自動車がイギリスに渡ったのはその後で、ロールス・ロイス創業者の一人、チャールズ・ロールスが1895年にプジョーの3.75馬力の自動車を購入したとき、イギリスで自動車をもっていたのはわずか3人で、その一人が金融王ネイサン・ロスチャイルドの甥で「ウェストミンスター銀行」の創立者デヴィッド・ソロモンであります。




こうして、イギリスではロイヤル(王室)オートモビル・クラブの母体となる自動車協会をネイサンの孫レオポルドが創立。  ロールス・ロイスが航空機エンジン部門と自動車部門に分割されてからは、この自動車のオーナーがロスチャイルド財閥の兵器会社ヴィッカース(日露戦争での戦艦三笠を製造した会社)となり、航空部門は「ロスチャイルド銀行」重役のトゥームズがロールス・ロイスの会長を務めました。



その後、ロールス・ロイスの自動車部門は、VWやBMWに買収され、そのブランド名はBMWに譲渡されていますが、



いずれにせよ自動車産業の黎明期は、ロスチャイルド一族が高価な自動車の買い手として、また開発費のパトロンとして自動車産業を創りだしてゆく事になりました。















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財閥(日本・世界)シリーズ スタート
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2629.html
世界の巨大財閥の100年 米・欧編 
(NHKスペシャル動画 ロックフェラー・モルガン・デュポン・ロスチャイルド・etc)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2630.html
ロスチャイルド財閥の始まり 放たれた5本の矢(子供達)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2631.html
ロスチャイルド家の4つの家訓とM・A・ロスチャイルド&サンズ会社 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2632.html
世界の長者番付とロスチャイルドの資産
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地中海クラブ(Club Med)
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マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドとヴィルヘルム帝
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ロスチャイルド王朝 第二代王は3男のネイサン・ロスチャイルド  
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2638.html
ネイサン・マイヤー・ロスチャイルド ワーテルローの戦いでの株価操作
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2639.html
ウイーン会議とロスチャイルド家の貴族称号
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2640.html
ライオネル・ロスチャイルド男爵
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リオ・ティント・ジンク
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キューリー夫人とロスチャイルド  
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2643.html
ノーベルとロスチャイルド
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ロスチャイルドの鉄道事業参入
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2645.html
オーストリア北部鉄道(フェルディナント皇帝鉄道)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2646.html
北部鉄道(フランス)SNCF
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クリミア戦争(トルコ vs ロシア)  と 明治維新
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2649.html
ロスチャイルドのバクー油田売り逃げ と ロイヤルダッチシェル  
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2650.html




4

2020/8/31

ロスチャイルドのバクー油田売り逃げ と ロイヤルダッチシェル  財閥(日本・世界)





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既にお話ししましたが、フランスの鉄道建設のパイオニアとして、「鉄道王」の異名をもったパリ分家のジェームズの息子、アルフォンスが目指したのは、当時の最先端産業である石油です。




ロスチャイルドの鉄道事業参入
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オーストリア北部鉄道(フェルディナント皇帝鉄道)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2646.html
北部鉄道(フランス)SNCF
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産業革命以来、夜遅くまで工場は動き、その灯りをともすため、クジラの油を使っており、その乱獲でクジラが減った事を背景に、石油ブームは起こり、1859年アメリカ・ペンシルヴェニアでの油田発見に始まり、1883年ダイムラーのガソリンで動く内燃機関の発明で爆発的なものとなりました。



まだ、中東の油田が発見されていなかった頃で、ヨーロッパではカスピ海のバクー油田周辺の石油が最大のものでありました。



アルフォンスは、1883年ロシア政府の財政困窮を助ける公債発行を引き受けた見返りに、コーカサス地方のバグーで最大級のバニト油田を入手することになります。


バクー油田には、その頃スウェーデンの化学者かつ企業家アルフレッド・ノーベル(1883-1896)も進出しており、石油から抽出したニトログリセリンを材料とするダイナマイトや無煙火薬を発明して、後に莫大な遺産でノーベル賞を設けた人です。


石油産業といっても、当時は掘削技術が稚拙だったうえ輸送手段にも難があり、採算性は極端に悪く、ノーベルは資金繰りに困り、倒産寸前まで追い込まれておりました。 そして、彼はロスチャイルド家の融資を仰ぎ、ロスチャイルド・ノーベル連合が誕生しました。




ノーベルとロスチャイルド
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2644.html




世界で最も権威のあるノーベル賞ですが、その資金源を考えると、ロスチャイルド・ノーベル賞というべきものであります。  ユダヤ人は優秀なので、ノーベル賞受賞者が多いとよく言われますが、ユダヤ人のロスチャイルドが背後にいることを考えておく必要があります。






ご存知の通り、世界の巨大財閥でライバル関係にあるロックフェラー財閥(米共和党支持)とロスチャイルド財閥(米民主党支持)があります。



アメリカの共和党のスポンサーがキリスト教系のロックフェラー(ペプシコーラ、ピザハット、ケンタッキーフライドチキン、IBM、etc)、民主党のスポンサーがユダヤ系のロスチャイルド(コカコーラ、マクドナルド、ハリウッド、ATT、タイムズ社、etc)であることを知れば、

何故に、共和党のファーストレディがペプシの副社長になり、ハリウッドが共和党を叩き民主党を支持し、民主党のゴア元副大統領やオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したのかが分かるでしょう。




マクドナルドとロスチャイルド  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/840.html
映画産業-2 ハリウッド黎明期
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/35.html





アメリカの石油支配権を確立したロックフェラーのスタンダード石油は、世界支配の野望をむきだしにし、ヨーロッパの石油を飲み込みにかかり、

狙われたのはルーマニアの油田で、オランダ人ヘンリー・ディタディングのロイヤル・ダッチ石油会社と、イギリス人マーカス・サミュエルのシェル運輸貿易会社であります。




2つの会社は、体力をつけるために1906年、ロイヤル・ダッチ・シェル石油として合体するとともに、販売する石油確保のために1914年ロスチャイルド家のバクーの油田を買い取りました。



こうしたヨーロッパ石油業界の再編を演出したのがロスチャイルド家で、ロックフェラーの進出を阻止し、迎撃するために、自らの油田さへ売りますが、これについては後で述べますが、周到な裏があります。




売却代金として、ロスチャイルド家は400万グルデン相当のロイヤル・ダッチ株(全株式の10%に相当)と24万ポンド相当のシェル株を手にし、


一族は、これを機に、その後中東の石油を発掘し、ヨーロッパ最大、世界第二の石油会社に成長するロイヤル・ダッチ・シェル株を確保し、経営にも発言権を持ちロックフェラーと対峙することになります。






バグー油田を売却した、わずか3年後の1917年、ロシアで革命がおき、ロマノフ王朝は倒れ、外国資産は全て国有財産として没収されていまいます。  ロスチャイルドはバクーの油田を売却することで、ロシア革命にともなう大損失を免れますが、あまりに見事な売り逃げです。


バグーの油田と10%の株を同時に失ったロイヤル・ダッチ社のディタディングは、死ぬまでロスチャイルドを恨み続けたといわれています。



すなわち、ロスチャイルドは全てお見通しだったわけで、ロシア革命(ロシア第一革命1905年、2月革命・10月革命1917年)を起こすために、当時日露戦争中(1904-1905)に革命を扇動したのがロスチャイルドと日本の明石大佐だったのですから・・・。


















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クリミア戦争(トルコ vs ロシア)  と 明治維新
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2020/8/30

クリミア戦争(トルコ vs ロシア)  と 明治維新  財閥(日本・世界)




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産業革命により、ヨーロッパ各国は経済力をつけると共に、その製品のはけ口としての市場を奪い合うようになって、争いは容易に軍事衝突にエスカレートするようになりました。


同時に、人々の国家意識が高揚し、封建領主の土地に細分化されていたドイツやイタリアにも国民国家を求める機運が高まり、こうした情勢下で始まったのがロシアのトルコ干渉に端を発したクリミア戦争(1853-1865年)であります。


イギリス、フランスが参戦したこの戦争で、ロスチャイルド家はトルコ側に立ち、戦時公債の起債に協力しましたが、その背景にはロシアでのユダヤ人迫害がありました。


かねてから、ロシアのユダヤ人弾圧政策に反発していたロンドン、パリの分家はそれぞれ総力を挙げてイギリス、フランス両軍の遠征費の調達を行い、トルコにも借款を行い、戦局はクリミア半島のロシアのセヴェストーポリ要塞の攻略に成功したトルコ英仏連合の勝利に終わり、ロスチャイルド家は久しぶりに大きな利益を上げました。




実は、江戸末期に起こったアメリカの南北戦争、ロシアのクリミア戦争は、我々日本にも大きな影響を与える事になります。


それは、この戦争のおかげで、ヨーロッパ列強は忙しく、日本を侵略することが出来ず、時間稼ぎができた日本は、ヨーロッパの植民地にならずに済んだのです。


しかしながら、南北戦争、クリミア戦争の終結と共に、ヨーロッパの兵器会社(ロスチャイルド系)の武器・弾薬は、上海市場に流れ込み、

ロスチャイルドと縁戚関係を持つジャーディン・マセソン商会が、日本に内乱を画策し、長崎のグラバー商会を通して、また坂本龍馬の亀山社中(後の海援隊)をダミー会社として使い、イギリスは維新軍に武器を売りつけ、またフランスは幕府軍に武器を売りつけました。



これが、明治維新の本当の姿であります。



そして、彼らの画策に気づいた坂本龍馬は公武合体を唱え、徳川慶喜に大政奉還をうながし、内乱を避けようとした矢先に、坂本龍馬は暗殺されます。  

この時、内乱は必至とみたグラバーはジャーディンマセソン商会に大量の武器を発注してしまっており、日本が内乱に突入しないと、グラバー商会、ジャーディン・マセソン商会共に、大きな負債を抱かえてしまう問題がありました。



戊辰戦争で活躍したアームストロング砲は、1847年に設立し水力発電用機械を製造していた 「アームストロング社」 が、ロシアとのクリミア戦争を機に兵器製造に転換し、開発したもので、アームストロング社はイギリス政府の公認となり、ロスチャイルド系の会社であります。


しかし、クリミア戦争が終結し、1860年以降の軍事費の削減で、政府からの注文が減り経営難に陥り、1863年に事業の建て直しを図り、海外市場向けの兵器製造に転換し、ロスチャイルドや、その親族であるジャーディン・マセソンが、日本の明治維新の内乱で一儲けし、そのまま日清・日露戦争でも大儲けした会社で、


一方のヴイッカース社は、ロスチャイルド家と婚姻関係になったゴールドシュミット家の両家がスポンサーとなり、ロスチャイルドが会長の座を勤めてきた 「ヴィッカース社」 は、やがてアームストロング社と合併し、世界トップの兵器会社となりました。



そして、明治維新の成功と共に、維新の志士たちはロスチャイルドの子飼いとなり、尊皇攘夷をとなえていた彼らは何故か親欧米となり、日清・日露戦争に突入してゆきますが、ロスチャイルドに借金し、ロスチャイルドの兵器会社ヴィッカースから戦艦や、武器弾薬を購入する事になるのです。  


ちなみに、日露戦争の戦費の70%はロスチャイルドとロスチャイルドと血縁関係にあるシフのクーン・ローブ商会から出資されており、当時の公債の金利相場は2%ほどでありましたが、契約で4.5〜6%の金利をロスチャイルドに払わねばならず、日露戦争の本当の勝者はロスチャイルドであったと言われています。
















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2020/8/29

北部鉄道(フランス) SNCF  財閥(日本・世界)




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フランス国有鉄道 (Société Nationale des Chemins de fer Français)

本社所在地:フランス パリ北部近郊サン=ドニ、 設立:1938年
 







ロスチャイルド・オーストリア家のソロモンが、ウィーンとボヘミア北部を結ぶ、ヨーロッパ大陸初の鉄道(フェルディナント皇帝鉄道)をつくった後、パリ家のジェームズ・ロスチャイルドも負けじと大々的に鉄道産業に乗り出しました。




オーストリア北部鉄道(フェルディナント皇帝鉄道) 

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まず、セーヌ川沿いに、パリ〜サン・ジェルマン間と、パリ〜ヴェルサイユ間の鉄道を完成させ、ついでフランス北部の諸都市とパリを結ぶ、北方鉄道の建設に取り掛かります。  

この他、ロスチャイルド兄弟は、ベルギーの鉄道建設に融資するなど、ヨーロッパの最新の基幹産業である鉄道にいたるところで関与します。
 
これらの鉄道建設には莫大な資金が必要ですが、そのための起債はロスチャイルド家の得意とするところで、債権購入を一般に公募すると物珍しさも手伝って多数の民衆が押し寄せました。

こうして、ジェームズは鉄道王の名を欲しいままにしますが、この鉄道への投資は、ロスチャイルド家が単なる国家(国王)と癒着した国際金融資本ではないことを示し、金融資本家から産業資本家へと転換するものでありました。



北部鉄道(Compagnie des chemins de fer du Nord)はロスチャイルド家などが1845年に設立した国際鉄道会社。戦後に政治家ジョルジュ・ポンピドゥーを輩出し、ロスチャイルド銀行(現バークレイズ)の持株会社となっています。




フランスの鉄道網は6大鉄道会社と呼ばれる鉄道会社を中心に発達しましたが、1930年代になりモータリゼーションの発達に伴い経営環境が悪化。 


1938年に国営会社を1社含む次の5社(北部鉄道・東武鉄道・フランス地方鉄道・パリリヨン地中海鉄道・パリオルレアン軟部鉄道)を統し合国有化。


1937年8月31日に5社を45年間にわたって国有化する協定が政府と各社の間で交わされ、

1938年1月1日に混合資本株式会社(SAEM)のフランス国有鉄道(SNCF)が発足しましたた。


株式の出資比率は政府が51%、合併前の各社が49%の半官半民会社で、従業員の身分は公務員。

国有鉄道会社に対して政府が助成金を拠出する形で、ドイツ占領下および戦後にかけて、45年間にわたってフランス国内の国有鉄道事業を所管することになります。



1970年代に入って、SNCFは世界最高速のTGV高速鉄道網の整備に着手。 1981年に最初の区間となるパリ−リヨン間が開業ました。

















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2020/8/29

オーストリア北部鉄道(フェルディナント皇帝鉄道)  財閥(日本・世界)




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フェルディナントT世(1793-1875)
在位 1835-1848 オーストリア皇帝、ボヘミア国王
ハンガリー国王
ボヘミア国王
クロアチア国王
ロンバルト=ヴェネクト国王

1793年4月19日、最後の神聖ローマ皇帝フランツ2世とその皇后で両シチリア国王フェルディナンド1世の長女であるマリア・テレジアの長男として誕生した。姉にフランス皇帝ナポレオン1世の皇后マリア・ルイーザがいる。

1804年にオーストリア帝国が成立すると、ハプスブルク家史ならびにオーストリア史上初の皇太子となった。帝位は選帝侯によって選出される非世襲のものとする選挙君主制の建前から、神聖ローマ帝国には皇子や皇太子という身位は存在せず、したがってフェルディナント以前のハプスブルク一族は皇帝の息子であってもローマ王やオーストリア大公でしかなかった。  wiki








ジェームズ・ワットが1781年に蒸気機関を完成させ、産業革命が始まったイギリスでは、続いて大量輸送のための蒸気機関車が1814年ジョージ・スティーブンソンによって考案され、産業革命と市マンチェスター〜港湾都市リバプール間で始めての鉄道が走りました。


当時、金融関係の仕事しかしていなかったロスチャイルド一族ですが、イギリスでの鉄道成功を見て、兄弟を集め、それぞれの国で、いち早く鉄道建設の利権を確保して融資にふみきるよう勧めます。


これにオーストリアのソロモン・マイヤー・フォン・ロスチャイルドがとびつき、正確かつじっくりと調査し、着実に計画を進めて、ッテルニヒ侯爵とコロヴラト伯爵(1778ー1861)の支援によって、1835年フェルディナント1世(帝国政府)から鉄道事業免許を取り付けました。


こうして、ヨーロッパ最初の鉄道は、ウィーンと北部のボヘミア間、およそ96キロメートルの長さで着工されますが、その名もハプスブルグ家に敬意を表し、フェルディナント皇帝鉄道。



北部鉄道は1906年10月にオーストリア側議員で構成された帝国議会で可決された法案により、1906年1月1日の遡及適用で国家の所有。

北部鉄道の運営は1907年1月1日に帝国鉄道により引き受けられました。 国有化の際は、関連企業の所有したオストラヴァ周辺の多数の鉱山鉄道や炭鉱などは北部鉄道の所有として残る事になります。


1918年11月より北部鉄道はオーストリア国営鉄道(Österreiche Staatsbahnen, ÖStB)の所属となって、国営鉄道はまた1923年連邦鉄道と改称されるようになりした。
















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ロスチャイルド王朝 第二代王は3男のネイサン・ロスチャイルド  
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ネイサン・マイヤー・ロスチャイルド ワーテルローの戦いでの株価操作
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ウイーン会議とロスチャイルド家の貴族称号
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ノーベルとロスチャイルド
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ロスチャイルドの鉄道事業参入
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2020/8/29

ロスチャイルドの鉄道事業参入  財閥(日本・世界)



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ジョージ・スティーブンソン (1781-1848)


世界初の実用的な蒸気機関車を製作したことで知られる発明家、ジョージ・スチーブンソン(George Stephenson、1781-1848)は、イングランド北東部のノーサンバーランド州にあるウィラムという町に生まれました。

貧しい家庭に生まれ、学校に通うことができなかったスティーブンソンは、14歳から炭坑で働きはじめますが、教育の重要性を感じて18歳から夜間学校で読み書きと算数を学びました。その後、炭坑で働きながら、ギアやポンプの修理を請け負うようになり、次第に機械に精通するようになりました。炭鉱夫としての給料では生活が厳しく、時計などの修理も内職とし、1813年、炭坑主から、馬で引くトロッコに代わる蒸気機関車の製作を依頼され、翌年、「ブリュッヘル号(Blutcher、または命名のもととなったドイツ軍人の名前からBlücher)」の試運転に成功。

彼が採用した線路幅である1435mmは、世界標準として採用され、標準軌となりました(日本の主な鉄道は1067mmの狭軌)。英国をはじめ、ベルギー、スペインなどで技師・顧問として鉄道建設に携わったスティーブンソンは、現在では「鉄道の父」と呼ばれ、また19世紀イギリス・ビクトリア朝時代の代表的な立身出世像としても広く知られています。

1821年に「ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道」建設に関する法案が議会で可決されると、鉄道会社の社長を務めていたエドワード・ピーズはスチーブンソンを技師として招聘することに。 技師に就任したジョージは自身を招聘したピーズと蒸気機関の製造会社「ロバート・スチーブンソン・アンド・カンパニー」を創業。本格的な開発を始めたジョージたちは1825年に最初の蒸気機関車「ロコモーション1号」を製造。同年9月に鉄道が開通すると「ロコモーション号」は80トンの石炭を搭載したまま2時間で15kmを走行し、速度の最高速は39kmを記録。

さらにこのとき機関車に旅客用車両を連結した走行も行われ、これが蒸気機関車によって旅客輸送が行われた初の事例となりました。

世界初の「蒸気機関車による旅客輸送」も成功させたジョージが次に取りかかるのは「リバプール・アンド・マンチェスター鉄道」の開発でした。キリングワースで行った実験の際に「260分の1の勾配でも蒸気機関車の力は半分になる」という弱点を突き止めていたジョージは、この鉄道建設の際に線路をなるべく平たんにする方法を採用。試行錯誤しながら建設に取り掛かります。

こうして鉄道完成が近づいた1829年、鉄道で使用される蒸気機関車を選ぶ「レインヒル・トライアル」の開催が決定。重量6トン未満・全長97kmを走り切れることを条件に車両開発が行われることに。この条件下で完成した蒸気機関車「ロケット号」はフランスの技術者マルク・スガンが発明した煙管ボイラーを採用、熱交換効率に優れた機関車となり、見事コンテスト優勝を飾りました。

こうして鉄道に採用されることとなった「ロケット号」は1830年9月15日に行われた鉄道開通式典において運転されることに。

ここには当時の首相・ウェリントン公爵らが出席しており、「蒸気機関車の進化」を見せるには最高の場所であったのです。この「ロケット号」はのちに製造される蒸気機関車の基本設計となり、ここからジョージが「蒸気機関車の父」として周囲の尊敬を集めるようになるのでした。










1830年、イギリスのマンチェスターとリバプール間をジョージ・スティーブンソンの考案した蒸気機関車が鉄道の上を走り、当時未だ金融業しか営んでいなかったロスチャイルド一族の5人の兄弟は、鉄道の成功を見て、緊急会議を開き、産業界にも進出する事を決めました。



ロスチャイルド(ウイーン家)のソロモンは、1835年にオーストリア政府から鉄道事業の免許を取りり付け、ウイーンとボヘミア北部を結ぶ、ヨーロッパ大陸初の鉄道をつくり、フェルディナント皇帝鉄道と名付けました。




ロスチャイルド(パリ家)のジェームズも、セーヌ川沿いに走るパリとサン・ジェルマンを結ぶ、ヴェルサイユ鉄道を完成させた後、1

846年にはパリとヨーロッパ北部を結ぶ、本格的な長距離鉄道、「北部鉄道」(Chemin de fer du Nord)を開通させ、これが後にフランス政府により国有化され、フランス国鉄(SNCF)の母体となります。





フランスの鞄(かばん)職人である、ルイ・ヴィトン(1821-1892)がトランク工場を創設したのは、1854年の事であり、このようにヨーロッパで鉄道ブームがおこった時期です。
















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2020/8/28

ノーベルとロスチャイルド  財閥(日本・世界)



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Alfred Bernhard Nobel (1833-896)




アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(スウェーデン語: Alfred Bernhard Nobel, 1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、スウェーデンの化学者、発明家、実業家。

ボフォース社を単なる鉄工所から兵器メーカーへと発展させた。350もの特許を取得し、中でもダイナマイトが最も有名である。ダイナマイトの開発で巨万の富を築いたことから、「ダイナマイト王」とも呼ばれた。

遺産を「ノーベル賞」の創設に使用させた。自然界には存在しない元素ノーベリウムはノーベルの名をとって名付けられた。ディナミット・ノーベル(英語版)やアクゾノーベルのように現代の企業名にも名を残している(どちらもノーベルが創業した会社の後継)。 wiki



アゼルバイジャンのバクーには、記録に残る上で歴史上最も古いかもしれないとされる油田があります。 紀元前から石油が地上に湧きだしていて、聖書にも登場します。

バクーはどこにあるかと言えば、カスピ海の中央付近に西側中央少し東側に飛び出した所にあります。

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バクーでの石油の採取は紀元前より行われ、皮袋に詰められラクダでイランやイラクに運ばれたといいます。その石油は灯火用あるいは建物や船のモルタルに、あるいはミイラの防腐剤として使われていました。

初めは地表への湧出油を採取していましたが9世紀には手掘りの井戸が掘られ、16世紀には石油産業の様相を呈しています。1683年にスウェーデン国王の命を受けたドイツ人医師ケンペルが訪れ、欧州人として初めてバクー油田を調査。

この地に目を付けたのがノーベル賞の設立で知られるアルフレッド・ノーベルとロベルトのノーベル兄弟です。

彼らはこの地にノーベル兄弟石油会社を設立し、原油生産を開始。 ノーベル兄弟のビジネスは、ロシアに向けてカスピ海を北上させ、水路と陸路をつないで石油をロシアに供給するというものでした。だが、その供給路は非常に厳しく、輸送季節も制限されていました。

そのため、バクーの膨大な産出量に関わらず、はるかかなた、米国からロシアは石油を輸入するほどだったのです。


1888年にはバクー原油がスエズ運河を経由して日本に輸入されています。 1898年にはバクーに230kmのパイプラインが敷かれていて、1901年の時点では3000本以上の石油井戸があり、年間1100万トンが生産され、米国を抜いて世界の石油産出量の半分をバクーが占めるようになりました。




ライオネル・ド・ロスチャイルドは、1854年、イギリスの戦費調達に協力し、クリミア戦争でイギリスを勝利させた。彼はイギリス政府の対ロシア戦争を金銭面から支援すべく、1600万ポンドもの英国公債を公募。 この戦争以降、ロシアの財政は急速に悪化、跡を継いだアレクサンドル二世(皇帝)が農奴解放などの近代化を進めるも、国力が低下していきます。


パリ家当主アルフォンスは1883年に財政困窮に陥ったロシア政府の公債発行に協力を申し出、その見返りとしてバクー油田の中でも最大級のバニト油田をロシア政府より与えられた。


パリ家ロスチャイルドのアルフォンスが、1883年にロシア政府の財政困窮を助ける公債を引き受け、バグーで最大級のバニト油田を手に入れた頃、バグー油田では、スウェーデン人化学者のアルフレッド・ノーベルも進出していました。

しかしながら、当時の採掘技術や、輸送技術では、採算をあわせるのは困難な事だったので、ノーベルは、資金繰りに困り、ロスチャイルド家の融資を仰ぎ、ロスチャイルド・ノーベル企業連合が誕生し、火薬ではデュポンと1897年に秘密協定を結び、死の商人として、デュポンと共に、火薬市場を独占してゆき、莫大な財産を手に入れました。

ダイナマイトで、大量殺戮の戦争により、巨額の利益をあげ、「ノーベル平和賞」を制定したのは、最大のパラドックスであり皮肉であります。


こうしてノーベルはロスチャイルドの融資を受け莫大な富を獲得し、ノーベル財団を作る事になったので、ノーベル賞は、ロスチャイルド・ノーベル賞とも言われる所以となりました。 ユダヤ人は確かに優秀ですが、ノーベル賞受賞者にユダヤ人が実際多いのも、ロスチャイルドの資金援助が関係しているかも知れません。




また、ノーベル賞に関しては、何故に数学賞がないのか?とか、かなりノーベルの恋愛事情に関係しているところが多いので、既に投稿している次の記事をお読みください。




ノーベルの恋の物語
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/153.html






アルフレッド・ノーベル(1833−1896)は、江戸後期に、スウェーデンのストックホルムで生まれました。 生まれたばかりの時には、父イマニュエルは倒産しておりましたが、その後、機雷ビジネスを始め、クリミア戦争の時、ロシア政府相手に、大儲けしました。

しかしながら、1853年のクリミア戦争の終結と同時に、注文はなくなり、軍からの支払いも滞って、父イマニュエル・ノーベルは、再度倒産してしまいました。



この経験により、アルフレッド・ノーベルは各国政府に取り入り、敵味方に火薬や兵器をうりさばく、死の商人としての感性を学んだ、と言われています。



彼は、知人の化学者ソブレロが発明した爆薬ニトログリセリンを、初めて実用化に成功させ、さらにこれを改良して1866年にダイナマイトを発明しました。

このダイナマイトの発明により、莫大な富を築いたアルフレッド・ノーベルは、1875年にバクー油田に進出しましたが、資金繰りが悪くなり、ロスチャイルド家から融資を受けるようになり、そうして、ノーベルが精製した石油を、ロスチャイルド家が販売し始めました。





そうして、ノーベルの火薬は、ロスチャイルド結びつき、鉄道ブームで供給の不足した鉄や石炭などの地下資源を求めて、ノーベルのダイナマイトで山を爆破させながら、ヨーロッパはアフリカやアジアに進出(侵略)してきたのでした。


地中海を挟んで、フランスの向かい側に位置する北アフリカのアルジェリアは、長くフランスの植民地でありましたが、ロスチャイルド・パリ家とフランス政府が、鉄資源を求めて、アルジェリアを侵攻したのです。 また、ロスチャイルド・ロンドン家とイギリス政府も同様で、アフリカやアジアに進出(侵略)してきました。





ちなみに、ヨーロッパ大陸での最初の鉄道は、ロスチャイルド・ウイーン家のソロモンが、1835年にウイーンと北部ボヘミア間を走らせたもので、その名もハプスブルグ家の皇帝にちなみ、「フェルナンド皇帝鉄道」でした。


その後、ロスチャイルド・パリ家のジェームズが、パリーサンジェルマン間と、パリーヴェルサイユ間を完成させた後、1846年には、パリとヨーロッパ北部の都市を結ぶ、長距離鉄道「北部鉄道」(Chemin de fer du Nord)を開通させました。 後に、このロスチャイルドの私企業の鉄道が、フランス政府により国有化され、フランス国鉄(SNCF)の母体となりました。


また、重くて嵩張る石油を運ぶ手段として、鉄道が利用され、共に発達していった事はいうまでもありません。





ノーベルの火薬は、ロスチャイルドの兵器会社と結びつき、第1次世界大戦で巨額の富を得る事になりました。



第2次世界大戦でもドイツの「バイエル」、「BASF」、「ヘキスト」、「AGFA」と他4社が合併してできた世界最大の化学会社「IG−ファルベン」に提携していたのが、ノーベルの「ダイナミット社」。  


これに対抗して翌年の1926年、イギリス最大の化学会社「ICI」が設立されましたが、「ノーベル」と「モンド」とさらに2社が加わり合弁会社となったものです。




このドイツの「IG−ファルベン」とイギリスの「ICI」が、第2次世界大戦で激しく
火薬などの化学製品でぶつかりましたが、いずれも敵味方にノーベルの影があったのです。 また、1926年には、「IG−ファルベン」、「ICI」、「デュポン」の間で、火薬の世界市場を3分割する協定が結ばれました。





国家やそれを支援する企業を信じて疑わず、多くの戦士達が、国家の為に、凄惨な戦いを繰り広げ、命を落としてゆき、残された家族は哀れな運命を辿りましたが、

国家お抱えの軍需産業の会社間では、争いどころか、国民の命を犠牲にして、しっかりと儲けの為の協定が結ばれていたのです。



この協定が破棄されたのは、1952年に米国司法省に命令されてからでありますが、既に第2次世界大戦は終結しておりました。

















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2020/8/26

キューリー夫人とロスチャイルド  財閥(日本・世界)



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Pierre Curie (1859-1906) and Marie Sklodowska Curie (1867-1934), c. 1903





日本でキューリー夫人として有名な、生誕時の名前がマリア・サロメア・スクウォドフスカ(Maria Salomea Skłodowska)。(1867-1934)は、ポーランドのワルシャワ生まれ。 父、母ともに下級貴族の出身で科学者や教育者の家系です。

当時、ポーランドはウィーン会議で分割され、ワルシャワ王国はポーランド立憲王国として事実上帝政ロシアに併合された状態にあり、独立国家の体をなしていませんでした。 帝政ロシアは知識層を監視して行動に制約をかけていた時代です。

幼少の頃から才媛として知られたマリア(フラン語ではマリ)ですが、当時は女性に進学の道は開かれておらず、23歳の時に3日間の汽車の旅を経て、1891年にパリに移り住み、ソルボンヌ大学(パリ大学)で物理・数学・化学を学びました。

マリア(フランス語ではマリ)はパリで天才科学者のピエールと出会い、1895年10月にプロポーズを受諾しました。 なんと後に娘夫婦を加えると5度もノーベル賞を受賞した天才科学者一家です。



1898年に、ウランの抽出残渣から分別結晶することで、ラジウム226という新元素を発見。
1903年、夫とその兄が考案した電位計を用い、鉱石からラジウムとポロニウムを発見した功績を称えられ、キュリー夫人と夫のピエールは「放射能の研究」によって、ノーベル物理学賞を受賞しました。キュリー夫人はこのとき世界初の女性ノーベル賞受賞者となりました。


これだけでもすごいことなのですが、さらにすごいことに、キュリー夫人はなんと2度目の受賞もしています。一度目の受賞の8年後、前回と違う、化学賞で再び受賞しました。
その理由は、「ラジウムとポロニウムの発見と、ラジウムの性質およびその化合物の研究において、化学に特筆すべきたぐいまれな功績をあげたこと」と、新元素ラジウムとポロニウムを発見したことが再評価されたのです。

前回は物理学賞で、今回は化学賞。自然科学の異なる部門で2度も受賞しているのは、歴代の学者のなかでも彼女ひとりです。つまり、世界初の女性ノーベル賞受賞者というだけでなく、世界唯一の複数分野での受賞を成し遂げた、すごい人物だったのです。

1903年のノーベル物理学賞、1911年のノーベル化学賞を受賞し、パリ大学初の女性教授職に就任しました。


このキューリー夫人の研究に目を付けたのがロスチィルド・ロンドン家の金融王ネイサンで、その曾孫のロスチャイルド・パリ家のアンリ・ド・ロスチャイルド(1872-1946)が、キューリー夫妻のスポンサーとなり、1909年にキューリー研究所(ラジウム研究所)を建て、貴重なウラン鉱石もGr会社の鉱山会社であるリオ・ティント・ジンク社から提供されました・


鋭い嗅覚で惜しげもなく投資し、一大産業を生み出してゆくのがロスチャイルド一族で、これが後に鉱山ビジネスにとどまらず、今日の巨大な原子力産業を創りだす事になります。



1886年、南アフリカで農夫がダイヤモンドを発見すると、相次いで金鉱も発見され、、井波アフリカはゴールドラッシュに沸きました。 良質なダイヤモンドを産出するキンバリー鉱山一帯を握っていたセシル・ローズの「デビアス」にロスチャイルド・ロンドン、の金融王ネイサンの三男であるナサニエル・ロスチャイルドが融資し、後にデビアスは世界を独占支配するダイヤモンドのシンジケートを築いてゆきます。

セシル・ローズが他界するとアーネスト・オッペンハイマーがロスチャイルド家の支援を受け、鉱物会社の「アングロアメリカン」を設立。 現在も南アフリカを支配するオッペンハイマー財閥の始まりです。



発掘した金や銀を精製するためには水銀が必要です。 その水銀が豊富なアルマデン鉱山はスペイン王室が所有していましたが、ユダヤ12大富豪と言われるワイスワイラー家が事業を行っていました。


アンリ・ロスチャイルドの妻はワイスラ―一族のマティルド・ロスチャイルド。 アルマデン鉱山は亜鉛(ジンク)も豊富に産出し、これが後にロスチャイルド家のリオ・ティント銅山と合併し、1962年にウラン・シンジケートの支配者「リオ・ティント・ジンク」が誕生する事になります。



金あるいはダイヤモンドのために鉱山を採掘すれば、他の鉱物資源も同時に産出されます。
ダイヤモンドの「デビアス」、金の「アングロ・アメリカン」、そしてウランなどの非鉄産業を扱う「リオ・ティント・ジンク」、この3社がロスチャイルドによる鉱物支配の主要企業です。



1939年、原爆製造のマンハッタン計画がすたーとしました。 この時、ウランの調達はアフリカのベルギー領コンゴ、カナダのグレートベア鉱山、アメリカのコロラド州カルノー鉱山で行われました。


マンハッタン計画の監督を務めたのが、ロスチャイルド一族で、後にハンブローズ銀行の会長となるチャールズ・ハンブローでCIAの前身となる諜報機関OSSを設立した超大物で、南アフリカの鉱山を握る「ブリティッシュ南アフリカ社」の重役です。



今回の投稿は長くなってきたのでここらで止めておきます。  ロスチャイルドと原子力産業については、後の投稿で詳しく説明したいと思っています。



ちなみにマンハッタン計画は、核物理学や資源確保という面で国際的な作戦計画であり、そのリーダーは、1957年に設立されたIAEA(国際原子力機関)を創設する、ユダヤ人ベルトラン・ゴールドシュミットですが、彼の妻は、ロスチャイルド一族のナオミ・ロスチャイルド(ロンドン家のヴィクター・ロスチャイルド卿1910-1990の再従妹)。
I

今日でも、IAEAとウラン資源を支配しているのは、ロスチャイルド家なのであります。







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2020/8/26

リオ・ティント・ジンク (ロスチャイルドの鉱山会社)  財閥(日本・世界)










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ロスチャイルド財閥を語る時にかかせないのが、グループ鉱山会社のリオ・ティント・ジンクであります。 今は社名変更してリオ・ティントとなっています。



Rio Tinto社は世界Topクラスの資源メジャーで、ウラン・ダイヤモンド・金・銀・銅・nama鉛・亜鉛・石炭・鉄鉱石・黄鉄鉱・ボーキサイト(アルミニウムの原料)などをてがけています。



リオ・ティント (Rio Tinto) は鉱業・資源分野の多国籍企業グループで、1995年に英国に本拠をおく鉱業会社 RTZ とオーストラリアの CRA が二元上場会社を形成することにより成立しました。



2つの会社は別個の会社として残り、オーストラリア証券取引所には改称されたRio Tinto Limitedが上場し、ロンドン証券取引所にはRio Tinto plcが上場しています。



しかし両社は同一の取締役会により単一の経済単位として経営され、両社の株主は同じ投票権と配当受領権をもっており、



RTZ の株主は全体の 76.7% を保有し、会社は基本的にロンドンから経営されています。





リオ・ティントは南スペインにあった、ローマ帝国に銅を供給した鉱山の場所に由来し、

銅鉱山はスペイン南部からポルトガルに伸びるPyrites(黄鉄鉱Fes2)鉱石を主とする世界的な大鉱脈の中心部に位置しています。 



1926年当時の推定では世界のPyrites鉱石埋蔵量の半分以上がスペインのウエルバ(Huelva)地方に存在しています。



リオ・ティント鉱山は紀元前1000年以上前から開発され、特にローマ時代には当時としては最も進んだ採掘と溶錬技術を駆使して動画生産され、ローマ領内最大の銅鉱山でありました。




1873年、英国ロンドンのN. M. ロスチャイルド・アンド・サンズと、仏国パリのロスチャイルドイルド・フレール(Rothschild Frères)が、


ヒュー・マセソン(Matheson's Matheson and Company)他の投資者とともに赤字だったスペイン国営リオ・ティント鉱山を買収し、新オーナーは会社をリストラクチャリングし、収益の出る事業にしました。




1895年にロスチャイルド・パリ家のアンリ(1872-1946)が、Mathilde Sophie Henriette von Weissweiller (1872-1926) と結婚。 



マチルド(Mathilde)の祖父Leopold David Weisweiller (1807-1871) は、弟ダニエル・ワイスワイラーがロスチャイルドのパートナーであり、1905年までには、リオ・ティントに対するロスチャイルドの出資比率が 30% を超えていました。















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金の価格はこうやって決まる 黄金の間でのフィキシング
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ナディーヌ・ロスチャイルド
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地中海クラブ(Club Med)
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マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドとヴィルヘルム帝
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ロスチャイルド王朝 第二代王は3男のネイサン・ロスチャイルド  
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ネイサン・マイヤー・ロスチャイルド ワーテルローの戦いでの株価操作
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ウイーン会議とロスチャイルド家の貴族称号
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ライオネル・ロスチャイルド男爵
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キューリー夫人とロスチャイルド
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2020/8/24

ライオネル・ロスチャイルド男爵  財閥(日本・世界)



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ライオネル・ド・ロスチャイルド Lionel de Rothschild (1808-1879)




ライオネル・ネイサン・ロスチャイルドは、イギリスの銀行家・政治家で、ロスチャイルド・ロンドン家嫡流の2代目当主。

ロスチャイルド・ロンドン家の祖であるネイサン・、マイヤー・ロスチャイルドの長男として生まれました。


1836年に父ネイサンが死去するとニューコートのN・M・ロスチャイルド&サンズ社の頭取兼共同経営者となり、銀行業を継承しましたが、彼はまだ若年だったので、ロスチャイルド家全体の統括はパリ家の祖で叔父にあたるジェームズが中心となって行うようになります。




1847年のアイルランド大飢饉では800万ポンドの義援金を調達した。1854年のクリミア戦争ではユダヤ人迫害を推進するロシア帝国に対する反発からイギリス・フランス・トルコ陣営を金銭面から支援した。英仏軍の軍事費を調達し、トルコにも巨額の借款を与えた。

政治家たちの中でもとりわけ同じユダヤ人(キリスト教に改宗しているが)のベニヤミン・ディズレーリと親しくした。ディズレーリは毎週のように週末にはピカデリーにあるライオネル邸を訪れて夕食の御相伴にあずかっていた。

1875年にエジプトのスエズ運河の株がフランスに買い取られそうになった際には当時首相になっていたディズレーリの求めに応じて緊急に400万ポンドの借款を英国政府に与え、ディズレーリはその金でイスマーイール・パシャの所持しているスエズ運河の株を買収している。 

これについてディズレーリはヴィクトリア女王への報告書の中で「英貨400万ポンド、それを彼らは瞬く間に用意したのです。 そんなことをやってのける会社はロスチャイルド家以外にはありません。 彼らは見事にやってのけたのです」と絶賛している。 これ以外にもしばしば英国政府に借款を与え、その総額は4億ポンドにも達する。

父が1835年に購入したガナーズベリー・パークに大改築を加え、女王の庭園以外に並ぶも
のがないといわれるほど美しい庭園を完成させた。 巨大な日本庭園もあり、後にここを訪
問した駐英日本大使は「すばらしい。日本にもこんな立派な庭園はありませんよ」という
感想を漏らしたという。

ヨーロッパの水銀鉱山を傘下に収めていくことに熱意を持っていた。 晩年の1870年代にセ
シル・ローズが南アフリカでダイアモンド王国建設を開始しはじめると、ロスチャイルド
家も積極的に南アフリカに進出して同地の銅や硝酸ソーダの企業に融資を開始した。 wiki



ライオネルは、1836年にナポリ家の祖であるカール・マイヤー・フォン・ロスチャイルドの娘シャーロットと結婚し、彼女との間に以下の5子を儲けました。


◾ 第一子(長女)レオノラ(1837年-1911年)フランス家のアルフォンス・ド・ロスチャイルド男爵と結婚
◾ 第二子(次女)エヴェリナ(1839年-1866年)ウィーン家出身で英国に帰化したファーディナンドと結婚。
◾ 第三子(長男)ナサニエル・メイヤー(1840年-1915年)、ロスチャイルド家嫡流3代当主。初代ロスチャイルド男爵に叙される。
◾ 第四子(次男)アルフレッド・チャールズ(1842年-1918年)
◾ 第五子(三男)レオポルド(1845年-1917年)、彼から庶流が多く誕生。
wiki





財閥(日本・世界)シリーズ スタート
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世界の巨大財閥の100年 米・欧編 
(NHKスペシャル動画 ロックフェラー・モルガン・デュポン・ロスチャイルド・etc)
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ロスチャイルド財閥の始まり 放たれた5本の矢(子供達)
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ロスチャイルド家の4つの家訓とM・A・ロスチャイルド&サンズ会社 
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世界の長者番付とロスチャイルドの資産
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金の価格はこうやって決まる 黄金の間でのフィキシング
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ナディーヌ・ロスチャイルド
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