renaissancejapn2020@gmail.com

2021/5/30

GSTC (ゴールドマン・サックス・トレーディング・カンパニー)  財閥(日本・世界)








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ゴールドマンサックスとは
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2898.html

本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
Lisa Endlich プロフィール
-------------------------
MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
-------------------
東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍












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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)
ゴールドマン・サックスの創始者


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マーカス・ゴールドマンが1869年に最初のオフィスを置いたパイン・ストリートのビル
このビルの地下一階から世界最強の投資銀行の歴史は始まりました。
マーカス・ゴールドマン商店が入っていたビル、30 Pine street , New Yoork

















GSTC (ゴールドマン・サックス・トレーディング・カンパニー)


傲慢になるワディル・キッチングス 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2931.html



1928年12月(昭和3年)、非常に長期にわたって上げ相場が続いていた頃、キャッチングスはパートナーたちの同意を取り付けて、会社型投資信託を組成しました。

それを彼は誇らかに「ゴールドマン・サックス・トレーディング・コーポレーション(GSTC)」と名付けました。

会社型投資信託は、証券投資を目的とした会社を設立して、投資家にその会社の株を購入してもらう形で資金を募ります。

今日の投資信託と似たものであり、1920年代人気を博していました。 相場が上がると投資家の関心も比例して上昇しました。

1928年当時には、ほぼ一日に一つファンドが組成される勢いで、株の狂乱相場に油を注いでいました。

ファンドは今日の標準からするとほとんど無法状態でしたが、GSTCは評判の高い投資銀行が設立して運営管理するものだし、どのような株に投資をしているか情報を開示するから安全だ、と考えられていました。

















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2904.html

モルガン財閥 ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2894.html

デュポン財閥 ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2919.html

ロスチャイルド財閥 ここまでのまとめ
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日本の財閥(住友・三井・三菱・安田・等) ここまでのまとめ
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財閥(日本・世界)シリーズ ここまでのまとめ
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3

2021/5/28

三菱財閥とゴールドマン・サックス、そしてサッスーン財閥  財閥(日本・世界)









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ゴールドマンサックスとは
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本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
Lisa Endlich プロフィール
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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍












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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)
ゴールドマン・サックスの創始者


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マーカス・ゴールドマンが1869年に最初のオフィスを置いたパイン・ストリートのビル
このビルの地下一階から世界最強の投資銀行の歴史は始まりました。
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三菱財閥とゴールドマン・サックス、そしてサッスーン財閥




三菱UFG「半年で3人目」海外大手金融から幹部人材引き抜く。コロナ禍でも業務純益1.15兆円の強さ
https://www.businessinsider.jp/post-230587


MUFGが今回招き入れたのは、直前までゴールドマン・サックスのバイスプレジデント(レバレッジドファイナンス・シンジケートローン担当)を務めたライアン・ムンロ。

今年1月のInsiderによる既報通り、投資銀行RBCキャピタル・マーケッツから引き抜いたトッド・ボンディがハイイールド債部門のトップに就任し、ムンロはレバレッジド・シンジケート部門(いずれもアメリカ市場)のトップを務めています。

ムンロの着任は4月の予定。直属の上司は債券シンジケート責任者(アメリカ市場)のブライアン・コリアンドロになります。

ムンロは、2001年に米投資銀行JPモルガンでキャリアをスタートさせ、英銀行大手ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドの証券部門やスイス金融大手UBSの証券部門を経て、2018年からゴールドマン・サックス。

天然資源、ESG、グリーン、ミドルマーケット(中堅企業市場)を対象とするレバレッジドファイナンスを担当しました。


*シンジケートローン
複数の金融機関がシンジケート団を組織し、同一条件、同一時期に協調融資を行う。

*レバレッジドローン
シンジケートトーンのうち、債務が多く信用格付けが低い企業への融資を指す。





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ジェームス・サッスーン卿(1955- )
Load James Sassoon

ロンドン生まれ
職業 政治家、実業家、銀行、投資銀行家
政党のメンバー 保守党
貴族院のメンバー (2010-)
ジャーディン・マセソン・ホールディングス取締役
元英国財務省商務大臣

三菱UFJ グローバル・アドバイザリーボード委員


ジェームス・サッスーン卿
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2798.html
サッスーン財閥と阿片そして上海
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2799.html


ジェームス・サッスーン卿は、ジャーディン・マセソン商会とともに中国での阿片ビジネスで巨万の富を築き上げたサッスーン財閥一族の子孫であります。


ジャーディン・マセソン商会と阿片そしてHSBC
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2797.html


サッスーン一族はロスチャイルド一族とも縁戚関係にあり、これから日本でもロスチャイルドジャパンの会長で、ロスチャイルド・パリ家7代目当主のAlexandre de Rothschild(通称Alex)氏と共によく耳にすると思われますので、覚えていて下さい。 温厚そうな紳士です。


世界の長者番付とロスチャイルドの資産
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2633.html


















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2904.html

モルガン財閥 ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2894.html

デュポン財閥 ここまでのまとめ
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ロスチャイルド財閥 ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2917.html

日本の財閥(住友・三井・三菱・安田・等) ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2918.html


財閥(日本・世界)シリーズ ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2815.html


3

2021/5/24

ゴールドマン・サックスと住友財閥  財閥(日本・世界)







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ゴールドマンサックスとは
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本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
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日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍












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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)
ゴールドマン・サックスの創始者


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マーカス・ゴールドマンが1869年に最初のオフィスを置いたパイン・ストリートのビル
このビルの地下一階から世界最強の投資銀行の歴史は始まりました。
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ゴールドマン・サックスと住友財閥


しばらく、日本の財閥の記事を書いていなかったので、今回書きたいと思います。 ゴールドマン・サックスの歴史や活躍はこれまで通り続けますので、ご心配なく。


ゴールドマン・サックスの企業文化は、パートナー制の下で生まれてきました。 そして、経営者が同時にオーナーであるために可能な、金銭的な報酬制度の仕組みで守られてきました。

ゴールドマン・サックスが株式を公開したら、現状を維持していく事は不可能とされています。


インスティテューショナル・インベスター誌は、1986年は、ウォールの大売り出しの年だったと書いています。

日本がバブル経済にに沸いていた時期です。 その年に先立つ5年間に、主な競争相手は公開企業となり、合併され、あるいは消滅してゆきました。

発端は1981年、ソロモン・ブラザーズのフィリップ・ブラザーズへの売却でした。 トレーディングの強さと、巨大な資本が結びつき、同社は向かうところ敵なしの状態となりました。

ソロモン・ブラザーズのパートナーは数百万ドルの資産を手にし、1980年代半ば、同社はますます力を強めてゆきました。


この出来事は、通りを隔てたゴールドマン・サックスのパートナーの頭から去る事はありませんでした。

リーマン・ブラザーズは1984年にアメリカン・エキスプレスに身売り、キダー・ピーボディは1986年にコングロマリットのゼネラル・エレクトリック(GE)社に、

1981年ディーン・ウィッターはシアーズに買収されました。 ベアー・スターンズは1985年に公開に踏み切りました。


財団のルーツ ピーボディ財団
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2718.html
1857年ウォール街恐慌とロスチャイルドのモルガン、ピーボディ支援
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2786.html
ベルモント財閥とロスチャイルド、モルガンそしてペリー提督
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2756.html
J・P・モルガンとエジソンの出会い、GE設立そして三井財閥
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2764.html
田中製造所、東芝、GE、三井財閥、そしてモルガン財閥
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2893.html


この一連の合併・買収で、強豪の相手が出現したかに見えましたが、大半は時を置かずして困難な状況に陥り、結局は再び売却の憂き目にさらされています。


ゴールドマン・サックスが一番大きな衝撃を受けたのは、最も手ごわいライバル、モルガン・スタンレーが簿価の2.76倍の価格で株式公開を行った事です。

20%の株式が一般に売り出され、同社は2億5400万ドルの資金を調達しました。 パートナーはマネージング・ダイレクターとなり、大きな財産を手にしました。

ファースト・ボストンやメリルリンチも侮りがたい競争相手となってきていましたが、ゴールドマン・サックスにとって、モルガン・スタンレーだけが唯一の真の競争相手であり、敬い、恐れる相手でありました。


モルガン・スタンレーのパートナーたちは、レバレッジド・バイアウトやマーtyント・バンキングなどのリスクの高い分野に手を広げていくためには、

もはやパートナー制ではやっていけないと考えて、公開に踏み切りました。 新たな資金調達の手段を得た事は、とりもなおさず新たな機会を得る事を意味し、

モルガン・スタンレーはゴールドマン・サックスを遠く引き離してトップを走るのでは、とゴールドマン・サックスは懸念しました。


ゴールドマン・サックス自体も、1986年に株式の一部売却に踏み切っています。 それは、その1年前の出来事でした。

ある朝、名前を名乗ることを拒む男がジョン・ワインバーグの秘書、アン・エリクソンに電話をしてきました。

今から3週間後の火曜日にミスター・ワインバーは席におられるだろうかと彼は訪ねました。
エリクソンはワインバーグの予定を確認できなかったので、わかりませんと答えました。

電話の相手は、名前も何も残さず、また電話しますとだけ言って電話を切りました。 2週間後、名前を名乗らぬ同じ男が電話をしてきて同じ日時を尋ねた時、彼女はワインバーグはオフィスにいるはずだと答えました。


約束の日になると2人の日本人がワインバーグのオフィスに現れました。一人は訪問者であり、一人は通訳のアシスタントでした。

二本語しか話さない男は、かたわらのアシスタントを通じて、自分は住友銀行頭取の小松康
です。私は身を隠してあなたに会いに来ました。

とワインバーグに名乗りました。 彼は行き先を悟られないように東京からワシントン州シアトルに飛び、そこでワシントンDC行きの飛行機に乗り換え、ワシントンからシャトル便で、

ニューヨークのラガーディア空港に富んだのだと言いました。 誰も後を追ってきた者はいないと彼は確信していました。

ワインバーグは、この秘密めいた行動に驚きました。 そして金融界の人間や弁護士は常にニューヨークとワシントンの間をシャトル便で行き来するから、隠密行動なんて到底無理ですよ、と話しました。


ワインバーグはこの訪問に不意をつかれました。 住友銀行が以前からアメリカの投資銀行業務に関心を持っており、ゴールドマン・サックスの動向を見守っていたなど、彼は知る由もありませんでした。


住友銀行は当時世界第3位の大きさで、日本で最も利益率の高い銀行でありました。
日本三大財閥(住友・三井・三菱)の始まり
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2721.html


住友銀行は、経営コンサルティング会社、マッキンゼーを雇って、アメリカの投資銀行市場に参入する最善の方法を研究させていました。

マッキンゼーはゴールドマン・サックスに投資することを理想的な方法として推奨しました。

長い歴史の中でゴールドマン・サックスが外部の資本を取り入れた事はありませんでした。
また、これはワインバーグ個人にとって難しい問題でもありました。


彼は第二次世界大戦で日本の海軍と戦い、長崎に原爆が投下された直後、捕虜収容所開放を手伝っています。

小松はかつて海軍士官で、彼の駆逐艦はアメリカ軍に撃沈されています。ワインバーグは当初、提携に懐疑的でありましたが、パートナーたちに公平であろうとして交渉を進める事にしました。


込まtの提案を聞いてワインバーグは目を見張りました。 住友が評価したゴールドマンサックスの資産価値は社内の評価をはるかに上回るものでした。


小松は現金出資し、その出資比率に応じた利益の一部を受け取る事を提案しました。 それは夢のような出来すぎた話でした。

会社の利益の12.5%を受け取る代わりに5億ドルを出資すると言う提案は、ゴールドマン・サックスの資産価値を40億ドルと評価した事に値する。

それは簿価の4倍の数字にあたります。 モルガン・スタンレーの公募価格、簿価の3倍を下回る程度、他の投資銀行はさらに低い数字でしかありませんでした。

この話は極秘のうちに交渉すること、ゴールドマン・サックス自身が作業を行い他社の仲介を受けない事が条件として要求されました。

これは大きな一歩を踏み出すことを意味します。 それでなくとも慎重なワインバーグは、注意深く、ゆっくりと話を進めました。

ゴールドマン・サックスは即座に資金を必要しておらず、急ぐ理由は何もありませんでした。

住友銀行はアメリカの投資銀行業務について学びたいと考え、何十人かの研修生を送り込み、ゴールドマン・サックスの社員の隣に座らせてもらって、直接業務を覚えさせたいと望んでいました。

それに関してはゴールドマン・サックスもFRB(連邦準備制度理事会)も反対をし、何らかの関係を持つとすれば、それは一定の距離をおいたものでなければならないとしました。

またFRBは、住友銀行の投資が資本の24・9%を越えてはならないとしました。 住友の投資は、議決権のないリミテッド・パートナーとしてでなければならないことも条件の一つでありました。


ワインバーグは、ゴールドマンが完全に独立した経営権を維持することが、ひいては住友のためになることを説明しました。

「別に交渉を難しくしようとしているわけではありません。 御社はゴールドマン・サックスの8分の1を所有することになるわけです。 私達が独自に圭判断を下し、

自分達の手で運命を切り開いていくこと、そして金融市場がそうみる事は非常に重要です。 さもなければ、当社は評判を失い、投資銀行市場での地位を失うことになります」。

FRBはこの投資を認めるにあたり、住友銀行がゴールドマン・サックスの経営決定に参与せず、互いに研修生を交換して緊密な関係を持ったり、

便宜を図って相互のビジネスを増加させないこと、すなわち単なる投資であることを条件としました。

両社はこの条件に合意し、投資は1987年会計年度に実行されました。両者の関係は円滑で、得るところの大きいものとなりました。

















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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ロスチャイルド財閥 ここまでのまとめ
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2021/5/23

傲慢になるワディル・キッチングス  国際政治・金融・企業








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本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
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日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍












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傲慢になるワディル・キッチングス

ビジネスは機動力に富み、身軽でならなければならない。 不採算部門から素早く抜け出し、採算性の高い部門へと動かなければならない。

とキャッチングスは言います。 「事業を継続してゆくためには環境がどうあろうと、エンジン全開のフルスピード生産を続けていくべきである」景気循環論は終焉し、

アメリカの経済繁栄は終わる事のないもので、何も行く手を阻むことはできない。 と彼は信じていました。

しかし、ゴールドマン・サックスでの彼の人生を破壊したものは1920年代の好景気とそれに続く不況、つまり景気循環そのものでした。


キャッチングスの楽観的な考え方と自信は、周囲にも伝染しました。 ちなみに、何事も失敗の原因の本質は居んきょなき楽観、虚栄心と傲慢です。

受験、恋愛、結婚、就職、ビジネス、政治然り。1918年(大正7年、並木製作所(後のパイロットコーポレーション)設立、豊田紡織(現:トヨタ紡織)設立、 松下幸之助が大阪市に松下電気器具製作所(現:パナソニック)を設立ロシア・エカテリンブルクのイパチェフ館に監禁されていた元ロシア皇帝ニコライ2世とその家族5人、従者4人が銃殺(ロマノフ家の処刑)、日東電気工業株式会社(現:日東電工株式会社)創立、日東電気工業株式会社(現:日東電工株式会社)創立)、

ゴールドマン・サックスのパートナーは、休眠状態にある引受業務を再び活性化するために入社して欲しいと彼に要請しました。

1920年代、アメリカの産業は合併ブームに沸き、ゴールドマン・サックスはキャッチングスの広範な人脈のおかげで、この動きにうまく乗る事が出来ました。

この時期、キャッチングスの努力のおかげで世に出た会社は多くあります。 ゼネラル・フーズ、ナシャナル・デアリー・プロダクツ(後のクラフト社)などは、その一例です。

これらの会社は、その後何十年と同社の顧客となりました。 キャッチングスはトレーディング業務に特別な関心を示しました。

彼はいくつもトレーディングの口座を作り、シニア・パートナーのオフィスに株価ボードを備え付けました。


彼の在籍中、ゴールドマン・サックスの海外取引は活発になり、ヨーロッパ直通の電話を持たない障害をものともせず、積極的に外国為替の取引や裁定取引を行いました。

もっとも大きく成功したのは、ドイツでした。


ギャランティ・トラスト(現在はJPモルガンの一部)やナショナル・シティ・バンク(現在のシティバンク)などは大きな資本を動かせるため有利な立場にありましたが、

ドイツに関してはライバル会社に負けないだけのトレーディングをこなしているとパートナーは自負していました。


第一次世界大戦とモルガン財閥 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2682.html


キャッチングスが自分の成功に慢心し始めると、他のパートナーとの関係はぎくしゃくしてゆきました。

彼は社内で自分の地位と持ち分比率についてパートナーと言い争いを始めます。 ウォルター・サックスは「彼(キャッチングス)は成功するにつれ、しだいに気難しく、

傲慢になっていった。 そして冷酷に、会社にありとあらゆる要求をするようになった」と言います。

ウォルター・サックスは兄のアーサー・サックスとの対立上、キャッチングスの要求の多くを受け入れ、パートナーシップの持ち分比率を増やす要求をのみました。

1928年(昭和3年、 モスクワで、ソヴィエト連邦秘密警察が、レフ・トロツキーを逮捕、 赤旗創刊、コミンテルン、「日本問題に関する決議」いわゆる28年テーゼ(「マルクス主義」) 第16回衆議院議員総選挙(最初の普通選挙)、 キリンレモンの販売が開始、上智大学、大学令により設立認可、)には

キャッチングスはゴールドマン・サックスで最大の持ち分を持つに至り、彼をコントロールするのはいよいよ困難になりました。

















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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財閥(日本・世界)シリーズ ここまでのまとめ
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2021/5/22

新しいパートナー、ワディル・キッチングス  財閥(日本・世界)










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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
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新しいパートナー、ワディル・キッチングス



ヘンリー・ゴールドマン逝去
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2929.html


引受業務を担当する新たなパートナーを探しているうちに、アーサー・サックスのハーバード大学の同級生、ワディル・キャッチングスが候補に挙がってきました。

彼は背が高くやせすぎで、白髪豊かな、個性あふれる魅力的な男でした。 テネシー州スワニーの出身でハーバード・ロースクールの卒業生であるキャッチングスは、

サリヴァン・アンド・クロムエルで弁護士として働き、JPモルガンでは戦争の為の軍需品購買担当として働きました。


第一次世界大戦とモルガン財閥 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2682.html
モルガン財閥 ここまでのまとめ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2894.html


キャッチングスはハーバードの教育は現実の世界には役に立たないと、失望を隠せませんでした。

彼の苦情を受けた教授たちは、「理論は長期的は正しいものであると軽く受け流しました。

しかしながら、人が関心を持つのは短期的な問題であり、長期ではありません。 そこで私は、十分な資産が出来次第、ビジネスで理論と実践を一致させようと心に決めた」と、

彼は書いています。 当時、人気の高い経済評論家であった彼の発言は、メディアに広く取り上げられ、よく読まれていました。

その内容は彼の将来の考え方や行動を忠実に予告し示唆するものでした。 彼は『利益』『金』『豊かさへの道』といった著作を発表し、とくに『豊かさへの道』はベストセラーになりました。








ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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デュポン財閥 ここまでのまとめ
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日本の財閥(住友・三井・三菱・安田・等) ここまでのまとめ
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2021/5/21

ヘンリー・ゴールドマン逝去  財閥(日本・世界)










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ゴールドマンサックスとは
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本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
Lisa Endlich プロフィール
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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍









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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)


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マーカス・ゴールドマン商店が入っていたビル
30 Pine street , New Yoork











ヘンリー・ゴールドマン逝去

ゴールドマン・サックスで、ゴールドマン姓を名乗る者はヘンリーが最後でした。 彼は巨額の資産と共に、会社を去りました。

その資産を基に、彼は商業投資信託銀行、メイ・デパート、シアーズ・ローバック社などに多額の投資をして大成功を収めています。

ゴールドマン家とサックス家の他の人々と同様、彼も美術を深く愛し、ルネッサンス期、バロック期の瞠目に値する絵画を収集しています。

ルーベンス・ヴァンダイク、レンブラントなどの作品もあり、そのうち何枚かは現在ワシントンの国立美術館に展示されています。

彼はドイツ美術文化の講座基金をハーバード大学に設立し、また密かに数多くの慈善事業に多額の寄付を施しました。


妻と共にカーネギーホールで神童ユーディ・メニューインの演奏を聞いた後、ヘンリーは12歳のこの少年を昼食に招きました。

彼はメニューインに、世界で一番欲しいものは何かと尋ねました。 少年の答えは「ストラディバリウス」でした。

彼の望みはすぐさまかなえられました。 ドイツに旅行したとき、ヘンリーはパウル・フォン・ヒンデンブルグ大統領に来賓として招かれています。

彼はアルバート・アインシュタインを訪問し、ヨットを贈呈しました。それは1933年、ナチス政府に没収されました。

1922年(大正11年、江崎グリコ設立、エジプト王国イギリスから独立、ワシントン海軍軍縮条約、 トルコ革命: スルタン制廃止を宣言、ハワード・カーターがツタンカーメンの墓を発見、ソビエト連邦成立)、

彼はドイツ共和国に推薦されて名誉市民となっています。 1930年代はじめ、彼は愛するドイツに戻り永住するつもりでしたが、

ヒットラーが権力を持つようになると、さまざまな辱めを受けたと彼の家族は語っています。

ニューヨークに戻り幻想を打ち砕かれたまま、ヘンリー・ゴールドマンは1936年(昭和11年、に永眠しました。


この年にあった世界の出来事は、日本がロンドン海軍軍縮会議から脱退、 スペイン総選挙で人民戦線派が圧勝、スペイン内戦勃発、独伊がフランコ政権を承認、 二・二六事件、ソビエト連邦でスターリン憲法が制定、 コニカ(当時の社名:小西六写真工業)設立。
















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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デュポン財閥 ここまでのまとめ
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ロスチャイルド財閥 ここまでのまとめ
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日本の財閥(住友・三井・三菱・安田・等) ここまでのまとめ
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財閥(日本・世界)シリーズ ここまでのまとめ
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2021/5/19

ゴールドマン・サックスとシドニー・ワインバーグ  財閥(日本・世界)









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ゴールドマンサックスとは
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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍










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ゴールドマン・サックスとシドニー・ワインバーグ

第一次世界大戦後、シドニー・ワインバーグは、ゴールドマン・サックスに戻りました。
しかし、彼の仕事はなくなっていました。


第一次世界大戦とモルガン財閥 
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第一次世界大戦と日本の財閥(新興財閥の台頭)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2719.html


会社で働きたかったら、自分で仕事を作り出すようにと言われました。 そこで、債券トレーダーの仕事を作り出します。

1920年(大正9年、ベルサイユ条約発効、国際連盟成立、大日本帝国国際連盟へ正式加入、日立製作所設立、オスマン帝国が連合国とセーヴル条約を結び講和)、

ワインバーグは愛らしいヘレン・リビングストンと結婚しました。 彼女は教養のあるピアニストで、洋服製造会社の娘でした。

市場に鋭い感覚を持つワインバーグは、時をおかずして、値付けの能力、推奨能力を社内で高く認められ、権威とされるようになっていました。

株式店頭取引業務も築きました。 1925年(大正14年、武田長兵衛商店(現:武田薬品工業株式会社)設立、鈴木商店(後の味の素)設立、 イギリスが金本位制に復帰、 東大安田講堂竣工、 アドルフ・ヒトラー『我が闘争第1巻』公表、 アドルフ・ヒトラーを保護する組織としてナチス親衛隊設立)、

4月には、個人で10万4000ドル支払い、ニューヨーク証券取引所の会員権を購入しました。
誇らしげに、その資金は自分で稼いだ金だと強調しました。

「売買取引で得た金は一銭もない。 私はトレーディングはしない。 投資銀行の人間だから、博奕は打たない。 もし私が投機家で、自分が知っている事を利用していたなら、5倍以上の金を稼いでいただろう」。


1927年(昭和2年、英国放送協会 (BBC) 設立、日本水平社結成、米国映画芸術科学アカデミー創立、ヒジャーズ王国(後のサウジアラビア)が英国より独立、宝塚少女歌劇レビュー初演(『モン・パリ、日本ビクター設立)、

シドニー・ワインバーグはゴールドマン・サックスのパートナーになりました。 二つの創業家以外でパートナーになった二番目の男でした。

「一緒に働く人たちは、いつも私を引き上げてくれた。 そして多くの上役よりも先にパートナーにしてくれた。 私の性格、勤勉さ、健康、そして誠実さと人柄のおかげだと言われた」。

彼はシニア・パートナーのワディル・キャッチングスの筆頭補佐役となりました。 ゴールドマン・サックス・トレーディング・コーポレーションの財務部次長として知識を蓄え、会社の多様な投資を理解してゆきました。

やがて訪れた危機のさなか、この知識のおかげで、ワインバーグは社内でさらに大きな責任と権限を持つようになりました。
















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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デュポン財閥 ここまでのまとめ
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ロスチャイルド財閥 ここまでのまとめ
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日本の財閥(住友・三井・三菱・安田・等) ここまでのまとめ
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財閥(日本・世界)シリーズ ここまでのまとめ
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2021/5/16

ゴールドマン・サックスと第一次世界大戦  財閥(日本・世界)






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ゴールドマンサックスとは
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日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍















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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)


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ゴールドマン・サックスと第一次世界大戦

ウルワースの公募をしていた頃、ゴールドマン・サックスは初めて新規営業を置く事にしました。


ゴールドマン・サックス、シアーズとウルワースでの成功
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ネッド・アーデン・フラッド大佐は、「見た目も上品で、物腰の優雅な、生き生きとした男だった。 フラッドは最先端のファッションで身を固め、皮の靴覆いを着け、つねにステッキを手にしていた」。

彼は社員にはなりませんでした。 自分の紹介で案件がまとまると、利益の一定割合を受け取りました。

彼は有能で、スチュード・ベーカーやクルエット・ピーボディをはじめ、次々と新規顧客を紹介したために、5、6年もすると引退してしまいました。


財団のルーツ ピーボディ財団
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1857年ウォール街恐慌とロスチャイルドのモルガン、ピーボディ支援
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2786.html


フラッドのあと、新規顧客を開拓する仕事は若いパートナーや支店長が担当することになりましたが、その努力は大胆でも創造的なものでもありませんでした。

当時ウォール街では、競争相手の顧客に営業することはなかったし、決してありえませんでした。 ウォール街の一流会社では、その後50年もこの慣習が続きました。


「当時、ビジネスは何ものにも邪魔されることなく、穏やかに流れていた」と、ウォルター・サックスは後に語っています。

ヘンリー・ゴールドマンの二人の姉妹はサックスの兄弟と結婚し、会社のパートナーは全員二家族の一員でした。

しkし、ゴールドマン・サックスの平穏な家族は、ホテル・アスターで夕食をとっていた時に出た外交問題の論争が元で崩壊してしまいまいた。


タイタニック と ロスチャイルド縁戚関係の3財閥
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アスター財閥
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豪華客船タイタニックが沈没しましたが、その中にロスチャイルドと縁戚関係にある3人の大富豪が犠牲者となりました。  その一人が、アスター財閥のジョン・ジェイコブ・アスターであります。

アスター財閥は、毛皮貿易・不動産・阿片で財を築きますが、今日のウォール街・マンハッタン全土を手中におさめたニューヨークの土地の王様で、ウォール街が爆発的な成長を遂げる幸運な時代を迎え、莫大な財産を築き上げました。


ウォール街は、高いビルが立ち並ぶ金融街から名づけられたように思われがちですが、当時移民がインディアンから身を守るため築いた砦としての壁という意味で、この壁をくぐりぬけて土地を買占め、その一帯を今日の金融街にかえていったのがアスター財閥です。

ドイツの貧しい家の出で、アメリカに移民してきたアスター財閥の祖、ジョン・ジェイコブ・アスターが1848年に亡くなった時の遺産が約2000万ドル、現在の価値にして1150億ドル(約10兆円)に相当し、アメリカの歴史上で4番目に富裕な人物であったとされていますが、

ちなみに、1位はジョン・ロックフェラー、2位はアンドリュー・カーネギー、3位はコーネリアス・ヴァンダービルトであります。

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それは家族と会社を引き裂いたばかりでなく、きわめて順調だったゴールドマン・サックスとリーマン・ブラザーズの合弁事業をも分裂させてしまいました。

1914年(大正3年)8月、ドイツはロシアに宣戦布告し、翌日、フランスとイギリスにも宣戦布告しました。

ウォルター・サックスは戦争が勃発した直後にイギリスから戻りました。 彼はパートナーが
強固な同盟国支持派だと考えて、クラインウォート家に対してもそう請け合っていました。

したがって、ヘンリー・ゴールドマンが誇らしげにドイツに共感する意見を述べ、ドイツ支持のスピーチを目の当たりにっして、愕然としました。

彼のパートナーも姉妹も、ヘンリー・ゴールドマンに考えを改めるように、あるいは少なくとも自分の意見を表に出さないように懇願しましたが、拒絶されました。


ヘンリー・ゴールドマンは公の場で発言することが多くなり、過激になってゆきました。 人々が非難するプロイセン主義を高く評価し、耳を傾ける相手には誰かれかまわず、

フリードリッヒ・ニーチェ(1844〜1900)を引き合いに出しました。


ニーチェ
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ニーチェは科学技術が発展していうにしたがって、社会の枠組みを支えていた価値観そのものについて疑問が持たれるとし、

善悪がどこから生まれたのかを考えた哲学者です。 彼は弱者の教じゃに対する妬みや怨念(ルサンチマン)が善悪という価値の起源と悟りました。

そして本来の価値判断は、社会に存在するさまざまな力関係の優劣によってうまれるもので、善悪の絶対的判断はそもそも必要ない(神は死んだ)と悟りました。

このように、これまで信じられてきた価値観は欺瞞に過ぎないとすす考えを「ニヒリズム」と呼びます。

ニーチェは一方で、「生」しのものが「力(権力)への意志」であるとし、生そのものは、本質的に他者や弱者を我がものにするように侵害したり、圧迫したりする存在といいます。

こうした生の本質は、道徳性や背徳性から生まれたものではなく、生きているからこそだといいます。


「全ての悩みは人間関係から生まれる」と悟った心理学者のアルフレッド・アドラーは、このニーチェの「買家らへの意志」の考えに大きな影響を受けました。

そして自らが置かれた人間関係(兄弟姉妹の関係など)で、力への意志をどのように表現するのかを観察することにより、表面でからは見えない心の病の症状を分析しました。

ニーチェが左翼主義者に向かって放った有名な言葉「ひねくれずに真面目に働け!」


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少し話が脱線しましたが、ゴル0ドヘンリー・ゴールドマンの話に戻します。 ゴールドマンとサックス家の間の溝は、JPモルガンが英仏に対する5億ドルの融資を公募した1915年(大正4年)に最悪の状態になりました。


第一次世界大戦とモルガン財閥 
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ウォール街の主要証券会社はほとんど全員参加しましたが、ヘンリー・ゴールドマンが反対したために、ゴールドマン・サックスは参加できませんでした。

「パートナーが全員一致で賛成しない限り、どんなビジネスにも参加しないという古いルールがあった」のだと、ウォルター・サックスは後に説明しています。

憤懣やるかたなく、二人のサックス兄弟はJ・ピアモント・モルガンのオフィスを訪問し、個人的に12万5,000ドルずつ融資を申し出ました。


1917年(大正6年)にアメリカが参戦した後も、ヘンリー・ゴールドマンの発言や激しい攻撃が止むおとはありませんでした。

ハワード・サックスは第26部隊と共に海外派遣されました。 ポール・サックスは赤十字軍に参加して第一線に出ました。

会社のほかのメンバーは戦時公債である自由公債を販売していました。 それでもヘンリー・ゴールドマンが変わる事はありませんでした。


クラインウォート家がロンドンのシティーでブラックリストに載ると警告しても、イングランド銀行がクラインウォートに対してゴールドマン・サックスとの外国為替業務停止命令を出しても、同じことでした。


社内の溝は急速に深まってゆきました。 会社がアメリカ政府のために自由公債の販売を開始した当日、ヘンリー・ゴールドマンはパートナーと歩調を合わせる事が出来ないと悟って、35年勤めたゴールドマン・サックスを辞しました。

しばらくは会社にオフィスを置いていましたが、「戦時の白熱した状況のなか、彼がそこに居るだけで会社は困難な立場に立たされた「」ために、アップタウンに移りました。

ヘンリー・ゴールドマンは収益性の高い企業金融で中心的役割を果たしていたから。その辞任は会社に厳しい認罪不足を引き起こしました。


辞任に際して、ヘンリー・ゴールドマンが巨額の資本を引き出したことも、会社に深刻な財政上の問題を突き付けました。

引受業務では、ダイナミックで押し出しの強いリーダーを失いました。 この不和のせいでゴールドマン・サックスは「ドイツの会社」のレッテルが貼られ、ビジネスに悪影響を被りました。


ヘンリーとサックスは二度と口をきく事はありませんでした。 彼らの敵愾心は、次の世代にも受け継がれ。今日でさえ、ゴールドマン家の者がサックス家の人間と口をきくことはありません。
















ゴールドマン・サックス ここまでのまとめ
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モルガン財閥 ここまでのまとめ
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デュポン財閥 ここまでのまとめ
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2021/5/15

ゴールドマン・サックス、シアーズとウルワースでの成功  財閥(日本・世界)






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日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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ゴールドマン・サックス、シアーズとウルワースでの成功

ゴールドマン・サックスのFWウルワース社の仕事は、ヘンリー・ゴールドマンの意欲を良く表していました。

5セントや10セントの商品を扱うチェーン店の普通株引受業者とは見られたくないとして、他の引受業者が断ってくると、フラック・ウルワースはゴールドマン・サックスに接触してきました。

ダイナミックで創造力の豊かなウルワースは、他者を買収して拡大しましたが、今度は支店を増やして拡大路線えお形而くしようとしていました。

目をむくような強気の資金調達計画が作られました。 ウォルター・サックスは何年も後にこう言っています。

「他社に比べたら、わが社は大胆だったし、創造力にも富んでいた。 でも、彼らの資金計画は、そのはるか上をいくものだった。 この資金計画を実行するには、慎重さをかなぐり捨てて楽天的になるしかなかった」。


サックスの言葉に誇張はありませんでした。ウルワースの売上は6,000万ドルで、純資産は1,500万ドルでした。

資産の全てを担保に、優先株が1,500万ドル発行されました。 売上が急増し、利益が540万ドルに増加するとの予想を基に、

そしてさらに成長するだろうという期待をタップリと込めて、のれんを担保に普通株5,000万ドルが発行されました。


幸い、投資家は熱狂的に迎えました。 ウルワースの優先株も普通株も、すぐに発行価格を上回る価格で取引されました。

公募価格55ドルの普通株は初日に80ドルにまで上昇。 優先株は、1923年(大正12年、関東大震災、フランス・ベルギーがドイツの賠償不払いを口実にルール地方を占領、 アドルフ・ヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党などがミュンヘン一揆)、

に一株125ドルで償還されました。 シアーズやウルワースなどの成功で、ゴールドマン・サックスは急速に変わっていきました。

引受の消化に苦労するよそ者のユダヤの会社から、革新的で能力があり、収益性の高い、投資家に儲けさせる会社とみられるようになってゆきました。

ウルワースの公募が成功裏に終わってから一年経過したtき、マンハッタン南端に、威容を誇るウルワースの本社ビルが完成しました。


そのビルは今日でも、美しい摩天楼の一つとされています。 1913年(大正2年、 ウッドロウ・ウィルソンが第28代米大統領に就任、 アメリカ連邦準備法の制定による連邦準備理事会の設立)、

4月24日、ビルの竣工を祈念する晩餐会が催されました。 フラック・ウルワースは建築家カス・ギルバートと銀行家サム・サックスの二人と並んでテーブルに座りました。

ウルワースはサックスとギルバートを「本社ビルの完成を可能にしたのは、この二人の男です」。 と紹介しました。

ゴールドマン・サックスを引退するまで、アーサー・サックスはウルワースの取締役を努めました。













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マンハッタンの歴史的建造物 ウルワース本社ビル



【ウールワース,F.W.とは】
…本社ニューヨーク。ウールワースFrank Winfield Woolworth(1852‐1919)によって1879年,5セントおよび10セント・ストアとして,ペンシルベニア州ランカスターで創業された。1912年数百に増加した店舗を統合してウールワース社を設立,13年ニューヨークに本社ビル(当時,世界で最も高い建物)を建てた。…















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2021/5/14

ゴールドマン・サックス、リーマンブラザーズ、クラインウォート&サンズの三者協定  財閥(日本・世界)







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日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
-------------------
東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍










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ゴールドマン・サックス、リーマンブラザーズ、クラインウォート&サンズの三者協定

ウォルター・サックスは、フランクリン・D・ルーズベルトとともにハーバード大学で学内新聞『クリムゾン』の編集長に選ばれる俊英でした。

1907年(明治40年、東京株式相場が暴落し日露戦争後の強行が始まる、南満州鉄道開通の年)、ワインバーグが用務員の補助係として雇われたのと同じ年に、彼は最額を卒業してすぐゴールドマン・サックスに入社しました。

サックスはCPの営業に配属され、ハートフォードとフィラデルフィアを担当しました。 数年後、彼はシカゴで、アーマー社のJ・オグデン・アーマを顧客に獲得しました。

ゴールドマン・サックスはクラインウォートを通じてロンドンの短期市場で低コストの資金を調達できたために、アーマの取引は最初から50万ドルという大きな金額で始められました。


ヘンリー・ゴールドマンとフィリップ・リーマンはほかに類を見ない協力体制を作りました。

リーマンブラザーズとゴールドマン・サックスは互いにそれぞれが専門とするビジネスを行いました。

リーマンブラザーズはコモディティを、ゴールドマン・サックスはCPを行いました。 しかし、証券の引受業務は二社の合弁事業で行い、利益は折半するというものでした。

やがて二社では手に負えないほど資本を必要とするようになり、彼らはもっと大きな資本を持つクラインウォート&サンズと三社協定を結ぶようになります。
















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