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2021/7/9

ワインバーグの後継、グスタフ・リーマン・レビー  財閥(日本・世界)





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ゴールドマンサックスとは
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2898.html

本Blogで、ゴールドマン・サックスのシリーズの情報の出所は、「Goldman Sachs」の著者である女性のリサ・エンドリック(Lisa Endlich)氏を中心に、収集したものです。
Lisa Endlich プロフィール
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MITでマネイジメントと都市計画の修士号を取得後、ゴールドマン・サックスに入社、外国為替部門のトレーダーとなり、VP(ヴァイスプレジデント)の肩書を得る。 退社後は夫と三人の子供とロサンゼルスに在住。

日本に関する記事は、主に国際ジャーナリスト堤未果氏の著作物を中心に取集したものです。 インターネトでデービッド・アトキンスを敵視する三橋貴明氏と藤井聡氏ですが、彼ら自身も言っていますが、彼女(堤未果)が先生と述べています。彼女の著作物・記事・情報がベースになっているケースが多く見られます。
堤未果 プロフィール
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東京生まれ、NY度立大学大学院国際関係論学科修士号。 国連、野村證券などを経て、米国の政治、経済、医療、教育、農政、公共政策、エネルギーなどをテーマに、現場取材と公文書による調査報道で活躍















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Marcus Goldman (December 9, 1821 – July 20, 1904)
ゴールドマン・サックスの創始者


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マーカス・ゴールドマンが1869年に最初のオフィスを置いたパイン・ストリートのビル
このビルの地下一階から世界最強の投資銀行の歴史は始まりました。
マーカス・ゴールドマン商店が入っていたビル、30 Pine street , New Yoork













シドニー・ワインバーグの後継、グスタフ・リーマン・レビー



ミスター ・ゴールドマン・サックスの逝去(せいきょ) 
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2949.html


からの続き



1969年、ワインバーグの後を継いでシニア・パートナーとなるのは、グスタフ・リーマン・レビー 一人であることは明らかでした。

なにしろ、ガス・レビーはワインバーグに続く稼ぎ頭でありました。 「顧客を見つけてくる人、金を稼ぐ人。 それだけが当時のゴールドマン・サックスでは評価された」

とホワイトヘッド言っています。 「それだけだった。 といってシドニーがそれを良しとしたかと言えば、それは別の話だ」 とホワイトヘッドは続けます。

ワインバーグの仕事の進め方は、レビーの住む荒々しいトレーディングの世界とは無縁のものでした。

ワインバーグはアメリカの一流の優良企業と関係を築くことに努力しましたが、レビーはもっと商売人で、何でも仕事になればやろうとしていた、と彼に近かった人々は言います。

ワインバーグはレビーが会社の指導者としての才能も人望もないと思い、トレーダーが投資銀行家の仕事をこなすことに懸念を抱いていました。

「シドニーはガスを低く見ていました。 が、彼に他の選択肢がないと考えていたのでしょう。 ガスを後継者に選んだ」 とホワイトヘッドは付け加えます。

ワインバーグのオフィスはクルミ材の壁、厚い絨毯、創業者達の肖像画で飾られ、その部屋に集まると、紳士たちは低い声でその日のビジネスについて語るのでした。

しかしレビーはというと、トレーディング・フロアの真ん中にガラス張りのオフィスを構え、そこから陣頭指揮をしました。

電話を叩きつける音が聞こえ、テレックスがカタカタ鳴り、トレーダーががなり立てる乱雑な中でも、ひときわ騒がしいのがレビーでした。

レビーのオフィスに顧客が座る姿をワインバーグは想像できませんでした。 彼のオフィスには引き戸式になった小さな窓があり、一日に何十回となく乱暴に開け閉めされる様は、

ドライブ・スルーのナンバーガー・ショップのようでした。 ワインバーグはそれが顧客の目にどう映るかを気にしていました。

彼のオフィスのそばに座っていた社員は、ガラスが割れてしまうのではないかと、そのことばかりを気にしていました。



レビーをシニア・パートナーに任命すると同時に、ワインバーグは6人からなる経営委員会を設立し、ワインバーグと世代の近い、年長のパートナーで固めました。

彼らの仕事はレビーを監視し、牽制することでした。 レビーはワインバーグに忠実に働きました。

ワインバーグがトレーディング・ルームにやってきたと知ると、レビーはあわてて上着をひっかけて、立ち入り調査をするかのようにフロア中を駆け回りました。

レビーはワインバーグを心から尊敬し、「ミスター・ワインバーグ」という呼びかた以外は、決してすることはありませんでした。

投資銀行の最高責任者にレビーを選んだことは、異例なことであり、後に大きな影響を与える決断となりました。

当時、ライバル大手のトップは、すべて投資銀行部門の出身者でした。 ゴールドマン・サックスの当時の業務も社風も投資銀行業務に大きく偏っていましたが、トレーダーがリーダーとなったおかげで、同社はトレーディング志向の強まった1980年代前半にも、

難なく適応することができました。 自己勘定取引、モーゲージ債、デリバティブなど、彼自身も予想だにしなかったようなりスクの高い分野に対して、心理的な受け入れ態勢が整っていた事は、

なんと言ってもレビーの功績であります。 何十年か後、ソロモン・ブラザーズの著名なリーダー、ジョン・グッドフレンドは、ウォール街で投資銀行業務とトレーディングのバランスがとれている会社は、ゴールドマン・サックスだけだと話しています。
















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