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2021/7/28

三井と住友の合弁、そして住友金属工業の「白水会」脱退  財閥(日本・世界)





三井と住友の合弁

住友銀行や住友海上火災保険などは三井グループ企業との対等合併で生き残りを図りました。 この背景には、1999年8月のみずほファイナンシャルグループの誕生(=富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行の経営統合)があります。

都銀という寡占業態で、しかも巨大銀行同士の合併が成立した場合、当然、他行は同様の経営統合を敢行し、追随する他ありません。

1999年10月、住友銀行とさくら銀行(旧三井銀行)は2002年4月をメドに合併すると発表しました。 (2001年4月に両行は合併し三井住友銀行となり、2002年12月に金融持株会社・三井住友フィナンシャルグループを設立しています)

三井・住友という旧財閥同士の経営統合は、不可能なものと誰もが考えていたため、世間を驚かせました。

それから数日経たぬうちに三井海上火災保険、日本火災海上保険、興亜火災海上保険の3社が経営統合を発表しました。







三井家と住友家は縁戚関係

実は三井家と住友家は縁戚関係にある事はあまりしられていませんが、この事実も三井グループと住友グループの企業間合併に一因あるのは容易に推測される事です。

三井物産初代社長・三井武之助高尚(1855-1913)に当時の住友家当主の妹が嫁いでいます。


住友財閥では「浮利」は追わずという方針があり、商事部門設立はタブーとされ、戦前は三井物産に貿易を委ねていました。 住友財閥七代目の総理事・古田駿之介(188601953)が復員していた社員の職業安定の見地から商事部門の設立を企画し、住友財閥ではタブーとされた商事部門への進出を決断しました。






住友金属工業の「白水会」脱退

「住友御三家」の一角・住友金属工業は、2012年の新日本製鉄との合併で、「住友」商号を外して新日鉄住金と称し、「白水会」から脱退してしまいます。 1990年以降、世界的な製鉄メーカーの再編・統合が相次ぎ、規模拡大のため、国内の五代炉メーカーは経営統合や提携を急ぎました。 2001年12月、住友金属工業は新日製鉄との連携を発表し、2012年に合併しました。

「『白水会への出席は継続したい』」(友野宏社長=当時、2011年9月の記者会見)との意向を持っていました。 新会社名に住友の名を残すため『新日鐵住友』への社名変更を模索しますが、新日鐵側が拒否。 新日鐵はどの企業グループにも属さず、三菱系や三井系の企業とも取引があります。 当時の売り上げで約3倍の開きがある新日鐵との合併を選択した時点で、住金側の意向が通る可能性は低いのは当然の事でした。

「『』血判状』 白水会に出席するグループ企業の社長が、そう例える書類があります。 住友精神の順守などが定められるこの書類に押印しなければ、白水会への出席は認められません」 「住金は結局、血判状に押印することができず、白水会を去った」(『週刊ダイヤモンド』2016年4月2日号)


住友金属工業の子会社・住友軽金属工業も2013年に古河スカイと合併してUACJ(United Aluminum Company Japan)と改称し、「白水会」から脱退しています。 また、住友石炭鉱業は業績不振から、2008年に住石マテリアルズと改称して「住友商号を外して「白水会」から脱退しました。

住友系企業は、「住友」商号への過度の執着から、合併後も商号を名乗れるように、主導権を握れる合併でなければ応じませんでした。 しかし、そういった選択ができなくなるほど、素材産業を取り巻く状況が厳しくなっていったのでした。















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2021/7/28

住友銀行の暴走と磯田会長の辞任  財閥(日本・世界)





住友の社風を変えた「安宅産業事件」

1975年12月に「十大総合商社」の一角・安宅産業が倒産しました。安宅産業の従業員は3600人(関連会社を含めると2万人)、取引先3万5000社。 昭和金融恐慌を再現するような連鎖倒産の発生が関係者の脳裏をよぎりました。

この時、住友銀行はメインバンクの責任で安宅産業の破綻処理を遂行し、信用不安を回避すると発表。 副頭取・磯田一郎(1913-1993)を中心としたプロジェクト・チームを編成して精鋭部隊を送り込み、安宅産業を「生体解剖」して不採算部門を切り離し、1977年10月に伊藤忠商事に吸収合併させました。

住友銀行は同年9月決算で、1,132億円の不良債権を一挙に償却し、11年守っていた収益トップの座を降り、都銀13行の中で8位に陥落しました。決算発表の席で、頭取に昇格していた磯田は「1,000億円をドブに捨てた」と発言、さらに「3年後にはトップを奪回する」と宣言して世間を驚かせました。

傲慢はビジネスの大敵ですが、このような経営Topがいるのは珍しい事ではありませんが、多くの場合、失敗しています。 何事も失敗の原因の本質は、根拠なき楽観です。

京大のラガーマン出身らしく「向こう傷は問わない」と宣言。 減点主義から加点主義へと舵を切りました。 住友銀行「モーレツ商法」時代の到来です。 それまでの住友銀行は「逃げの住友」と呼ばれていましたが、1980年代終盤には「営業姿勢が強引すぎる」「あまりにも強引すぎて、目先の利益を追求し過ぎる」という評価に変わっていきました。
(『週刊ダイヤモンド』1989年6月10日号)






住友銀行の暴走

1990年代中盤まで、金融機関は規制が厳しく、店舗の出店・統合すら認可を受けなければなりませんでした。 そうした中、住友銀行は1986年10月に平和相互銀行を吸収合併して首都圏の店舗を一気に増やす離れ業に打って出ました。

平和相互銀行は首都圏を中心に駅前一等地に103店舗を持っていましたが、創業者一族の内紛、関係会社の破綻などの不祥事が相次ぎ、信用不安に陥っていました。 大蔵省(現 財務省、金融庁)は平和相互銀行をどこかの銀行に吸収合併することで事態を収拾しようと模索。

住友銀行だけでなく、シティバンク銀行や三和銀行(UFJ銀行を経て、現在の三菱UFJ銀行)など複数の銀行が手を挙げました。

そこで暗躍したのがイトマン社長・河村良彦です。河村は高卒にもかかわらず住友銀行常務まで上りつめ、経営不振に陥ったイトマン再建のために派遣された「磯田の腹心」であります。

住友銀行はイトマン経由で平和相互銀行の株式を手に入れ、吸収合併に成功しました。
しかしその代償は大きく、平和相互銀行は政治家がらみのダーティな案件が多く、住友銀行もトラブルに引きずり込まれました。

先のイトマンが不動産事業にのめり込み、自称「組(暴力団)のスポンサー」伊藤寿永光をスカウトし常務に抜擢、果てしない闇の世界に飲み込まれ、住友銀行もその余波をかぶり、多額の不良債権を抱えました。 いわゆる「イトマン事件」です。

1990年、磯田一郎は騒動の責任を取って須見富銀行会長を辞任。 1993年に一部上場会社のイトマンは非上場会社・住金物産に吸収合併され、110年の歴史に幕を閉じました。













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