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2007/10/17

シオニズム-2  国際政治・金融・企業
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聖地エルサレム


シオニズム-1
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バルフォア宣言の1年前に、イギリスとフランスは「サイクス・ピコ秘密協定」を結んでおり、オスマントルコが降伏した後の中東地域の勢力圏を取り決めておりましたが、バルフォア宣言とは矛盾する内容でありました。


バルフォア宣言で勇気づけられたユダヤ人の間に、シオニズムの大きな波が起こりましたが、戦争が終わると各方面からユダヤ国家への反発が起こり、イギリス政府の手には負えなくなり、パレスチナはひとまず国際連盟によってイギリスの統治領となります。

この時期の重要な出来事に、1917年のロシア革命がありますが、ロマノフ王朝を倒したレーニン率いる社会民主党のポルシェヴィキ(1918年共産党と改名)には、トロッキーら多数のユダヤ人が参加しており、

ロシア革命の成功に勢いづいたヨーロッパ各国の社会主義革命家にもユダヤ人が目立ち、これらの急進的な政治活動が、ユダヤ人に対する反発を誘発することになり、これがホロコーストにつながってゆきました。

ロシア革命にユダヤ人は大きな役割を果たし、法的平等を手にしましたが、喜びもつかの間で、生まれたばかりのロシア共産党は、ユダヤ人を迫害し始めます。

また、ロシア革命やヴェルサイユ条約によって独立を回復したポーランドやバルト諸国では、民族主義が高揚し、多くのユダヤ人が革命に参加しているのを見て、「ロシア革命はユダヤ人の仕業」という宣伝を行い、反ユダヤ感情が高まってゆき、ユダヤ人を非難することが愛国者であることの証にすらなりました。

またヨーロッパの中で、17世紀の宗教戦争(カトリックvsプロテスタント)の30年に渡る戦場となってしまい、発展が約200年遅れたドイツは、19世紀には科学技術、経済共に大発展を遂げていました。

他の周辺諸国より発展が遅れた国家が、急成長する時には民族主義が高揚し、ナショナリズムが起こりやすくなり、危険となるのは歴史が教えてくれるところです。

もともと中世から反ユダヤを掲げるドイツでは、ナチスのヒトラーが出現し、ユダヤ人絶滅作戦にまで発展してゆきました。

ナチの突撃隊は、1930年頃からユダヤ人の会社を襲撃し始め、集会では 「ユダヤ人に死を」 と公然と叫んで先導してゆきましたが、第一次大戦で天文学的な賠償金を背負わされ、不況と貧困にあえぐドイツ国民は、ドイツ民族の優秀さとユダヤ民族の劣等という扇動に快感を覚え、陶酔してゆくようになってしまいました。



また、バチカンのローマ教皇ピウス12世までもが、ユダヤ人、ユダヤ教を迫害するヒトラーに加勢した事もあり、その迫害はいっそう激しさを増し、醜いものとなってゆきました。

「神の子イエスを裏切り、十字架にかけたユダヤ人!」




アウシュビッツの強制収用所では、せめてあの世では一緒にと願い、愛する我が子をしっかりと抱きしめた母親から、無情にも恐怖で泣き叫ぶ子供たちは母親から引き離され、ガス室に送り込まれて幼い命を奪われ、母親の体は化学薬品で溶かされ石鹸となり、子供たちのキレイな皮膚は剥ぎ取られ、ランプシェードにされてゆきました。

そして、お互い全く変わり果てた姿で再会したのです。 




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頭を丸められ連行されるユダヤ人女性たち

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裸にされ、ガス室に連行されるユダヤ人の母と子

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殺戮されたユダヤ人女性、生き地獄から開放され、悲しくも安堵の表情にも見えます


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ナチス兵士に背後から銃を突きつけられ、ホールドアップするユダヤの子供

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貨車に乗せられ収容所に送られるユダヤの小学生

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アウシュビッツに監禁されたユダヤの子供たち

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アウシュビッツに監禁され、殺戮されていったユダヤの子供たち




戦争が終わって、ナチス・ドイツのユダヤ人に対する、このあまりに醜く、残酷な実態が白日のもとにさらされた時、生き残ったユダヤ人たちは制止を振り切って一斉にパレスチナに向かいました。

まるで、幼くして母親と生き別れになった子供が、再開した母親のもとに走ってゆくように。

このあまりに悲劇的な現実の前には、もはやシオニズムに正面切って反対を唱えれる人は、世界に誰一人いなかったのです。 




第二次世界大戦が終わり、イギリスはパレスチナ問題を国連に任せると宣言。 

そして、1947年11月29日、ニューヨークの国連本部で、国連総会ではパレスチナをアラブ人とユダヤ人の2つの国に分割し、エルサレムと周辺を国際監視下に置くという処置が採択され、

それから半年後にイスラエルは建国を宣言。



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イスラエル国歌 (Hatikvah =希望)

http://www.youtube.com/watch?v=H6WMtyuAazc&feature=related



Barbra Streisand Sings Hatikvah (バーバラ ストライザンドが歌うHatikva)

http://www.youtube.com/watch?v=RHy29bn4zeE



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