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2007/12/16

フリーメーソン-22  ヘンリー・フォード  フリーメーソン
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Henry Ford (1863-1947)

流れ作業という生産方式を考え出し、高価な自動車を大量生産し、一般大衆に普及させたT型フォードで有名な、フォード社の創業者ヘンリー・フォードもフリーメーソンでありました。

彼が所属していたロッジは、ミシガンにあるパレスチナロッジNo.357です。



フォードは、農場を経営するアイルランド系移民ウィリアム・フォードとメアリーの子として、1863年7月30日にミシガン州ディアボーン(Dearborn)で生まれました。

6人兄弟の長男であったフォードは、幼少期から機械いじりを趣味とし、12歳の頃には自分で設備を整えた機械整備店でほとんどの時間を費やすようになり、フォードは15歳で、自力で内燃機関の組み立てを行いました。

16歳で、フォードは家を離れ、近くの都市デトロイトに見習い機械工として就職しましたが、職を転々としウェスチングハウス社でガソリンエンジン工としても働いていています。

1891年には、エジソン照明会社の技術者となり、チーフエンジニアに昇進しました。 これによって、フォードは内燃機関の個人的な実験に、十分な時間と金銭を費やすことが出来るようになり、幾多の実験の末、1896年7月4日、フォードははじめての自作4輪自動車の製作に成功し試運転を行いました。

この年、ヘンリーはパーティ会場で尊敬するエジソンに初めて会い自分の自動車への夢を熱く語り、エジソンはそんなヘンリーを励ましたといいます。

この自作4輪自動車の成功の後、フォードはエジソン照明会社を退社し、他の起業家とともにデトロイト自動車会社(Detroit Automobile Company)を創業。 副社長兼チーフ・エンジニアに就きますが、会社はほどなく倒産。

1903年6月16日、ヘンリー・フォードは11人の投資家とともに、2万8千ドルの資金でフォード・モーター・カンパニーを創設し、1908年に発表したT型フォードで大成功、1918年にはアメリカで保有される自動車の約半分はT型フォードであったといいます。



あまり知られてはおりませんが、彼はあまり読み書きができず、ギリギリの線で学校を切り抜け、かろうじて、ウィリアム・H・マガフィー編の教科書 「リーダース」 のいくつかを記憶できるくらいでした。 


しかしながら、フォードの考え方は、まさしく啓蒙主義のフリーメーソンらしく、宗教や社会階級の権威を利用して楽に生きるという生き方ではなく、理性に根ざし、科学的に物事を考え、自ら未来を切り開いてゆき、かつ人々に慈愛を施すと言うものでありました。

彼の労働組合嫌いは有名ですが、

学歴も無く、力強い意志で一生懸命働き、自ら成功を勝ち取り、成功した後はボランティアで人々に尽くすという生き方は、KFCのカーネル・サンダースにも似て、古き良きアメリカ、ちょうど時代はフリーメーソン思想が流行していた時代のものであります。

今日の、1日8時間労働はフォードが最初に導入したもので、彼は慈善事業化としても知られており、 「フォード財団」 を設立しています。






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