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2008/3/15

フリーメーソン-70  ジェイコブ・シフ  フリーメーソン
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Jacob Henry Schiff ( 1847 - 1920)


ジェイコブ(ヤコブ)・シフは、イルミナティとフリーメーソン大東社の結社員で、日露戦争の時、日本が戦費の調達に困っていたとき、融資をしてくれたのが、名門クーンローブ商会のシフと、ロスチャイルドであります。 結局、4回の起債により、日本は日露戦争の戦費の約70%に相当する資金を調達をする事ができました。  

シフと、ロスチャイルドがこの時融資をしてくれなければ、日本はロシアに勝利する事はできなかったでしょう。 日本政府は、この功績に報いるため、1906年春にシフ夫妻を日本に招待し、明治天皇が晩餐会を催して、わざわざシフを謁見しました。

フリーメーソン-7  イルミナティ
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フリーメーソン-8  3つの世界大戦   
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フリーメーソン-9  グラントリアン(大東社)
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ジェイコブ・シフはフランクフルト生まれのユダヤ人ですが、初代ロスチャイルドのマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、フランクフルトでいくらか裕福になると、 「グリーン・シールド(緑の盾)」 と呼ばれる家に引越しました。  

その家の半分はロスチャイルド家が住み、もう半分はシフ家が住み、後年シフ家はロスチャイルドの代理人として、重要な役割を果たすことになり、他のロスチャイルドの代理人と同様に大富豪となり、政治的にも重要な有力者となります。

ジェイコブ・シフは日本の幕末の1847年にフランクフルトで生まれ、ロスチャイルド=シフ人脈によりアメリカに派遣され、1865年(慶応元年)にニューヨークに到着しました。

1865年といえば、日本では坂本龍馬が貿易商社の亀山社中(後の海援隊)を設立した年にあたります。 

ニューヨークについて10年後に、彼はイルミナティ系クーン・ローブ商会の共同経営者となり、その10年後には社長となり、アメリカにおけるロスチャイルドの総支配人の地位にあり、セントラル・トラスト・カンパニー、ウェスタ−ン・ユニオン、ウェルス・ファーゴ・カンパニーの取締役でもありました。

日露戦争の戦費を調達するために、高橋是清の前に現れたジェイコブ・シフとは、このような人物であったのです。

高橋是清は、ロスチャイルドに融資をお願いに行き、一度断られていますが、これは当時ロスチャイルドがロシアのカスピ海にあるバグー油田の利権に関わっていたので、正面を切ってロシアを敵に回すような事ができなかったからであります。

しかしながら、当時ロシアではユダヤ人迫害が激しく、これに激しい怒りを感じていたロスチャイルドは、直接日本の公債を引き受けるのではなく、代理人を立てました。 ロスチャイルド家の口利きで登場したのが、ニューヨークで「クーン・ローブ商会」を経営するユダヤ人資本家ジェイコブ・シフでありました。

日本は戦争を遂行するには、1億5000万円の外貨を支払わねばならないのに対し、手元にある資金は5200万円。  シティで調達した500万ポンド(約5000万円)とシフから融資を受けた500万ポンド(5000万円)で何とか戦争が出来るようになりました。

シフは、全米ユダヤ人協会の会長で、ユダヤ人を弾圧するロシアを懲らしめるために、日本に協力したのです。  

こうして、日本の公債1000万ポンド(1億円)は、アメリカとイギリスで発行されることとなり、ロスチャイルド銀行は下請けに入って手数料を稼ぎました。

戦費の調達のメドがついた日本政府は、戦争の長期化を予想し、その後もポンド建ての外債を発行しました。  第3回と第4回目の外債発行には、ロンドンとパリのロスチャイルド家が発行団に名を連ね、調達総額は約8億2000万円。  その資金で武器、弾薬、戦艦を購入し、ロシアとの戦いを勝ち抜く事ができました。

しかし、シフとロスチャイルドにとっては、これはあくまでもビジネスであり、単にロシア憎しだけでは、日本の戦時公債を引き受けたのではありません。

当時の公債の金利相場は、年2〜3%であったのに対し、4回の公債発行のうち、初回の2回分の金利は6%、後2回は1905年元旦の旅順陥落、奉天の戦いの勝利、そして日本海海戦の勝利を受け、それぞれ3000ポンドを4.5%の金利で引受けられ、ロンドンとパリのロスチャイルド家が発行団に名を連ねています。

しかしながら、戦争に勝ちながらも賠償金をとれなかった日本に於いて、国民は政府に腹をたて、講和条約に反対する運動が起こり、東京・横浜・京都・神戸などの都市では、大きな騒ぎが起こりました。  

そして、ロスチャイルドグループから多額の借金をして、ロスチャイルドグループのヴィッカースなどの兵器会社から高価な戦艦や兵器を購入し、そして戦争後は勝利したにも関わらず、多額の金利支払いに苦しめられることになりました。

すなわち、この戦争の本当の勝者は、戦争を利用したマネーゲームで大儲けしたロスチャイルド、東アジアでのロシア南下を食い止め、権益を維持できたイギリス、そして国民の多額の税金を湯水の如く使い、肥えた三井・三菱・大倉・安田などの死の商人たち、そして戦争の最前線に行くことなく、これら資本家と癒着し、多額のポケットマネーを個人の懐に入れた日本の腐れ政治家達であったといえるでしょう。

ともあれ、こうして日本は朝鮮半島と満州(中国東北部)の権益を得ることになり、一方のロシアは敗北をきっかけに極東での南下政策を断念し、進出の矛先を再びバルカン半島に定めます。

これがドイツやオーストリアとの対立を招き、イギリスは仮想敵国をロシアからドイツに切り替え、ドイツはそんなイギリスに敵対意識を抱き、世界情勢は 「イギリス・フランス・ロシア」 の三国協商と 「ドイツ・オーストリア・イタリア」 の三国同盟の対立へと向かう事になります。






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