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2009/4/17

ローマ帝国の物語-8 略奪されたサビニの女たち  ローマ帝国の物語
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■ サビニの女たちの略奪(Enlévement des Sabines) ニコラ・プッサン 1634-38年
  |154.6×209.9cm | 油彩・画布 | メトロポリタン美術館|
  左上で赤の衣をまとっているのがロムルス

18歳のロムルスと、彼についてきた3000人のラテン人によって建国されたローマでありますが、誕生直後のローマ市民の大部分は独り身の男たちで、ロムルスが政体確立に続いて行った事業は、他民族の女たちを強奪することでありました。




女性が極端に不足していた建国したばかりのローマでは、いくら軍事力を強化しようとしても、子供が生まれなければ国の未来はありませんでした。  そこで、ロムルスは周辺諸国に特使を送り、 「ローマに娘を嫁がせて欲しい」と懇願しましたが、急激に軍事力を強化しつつあったローマに警戒感を募らせていた各国は、どこも 「ノー」と答え、特使を追い返しました。

特使たちの報告を聞いたロムルスは、一計を案じ、ローマの近くにあるサビニ王国に、 「馬術競技会を開催するので、ぜひ参加していただきたい。 多額の賞金を用意してお待ちしております。」 という内容の招待状を出しました。

神に捧げられた祝祭日には、戦闘は禁じられており、多くのサビニ人たちが、賞金目当てに一家総出で招待に応じ、ローマまでやってきました。  当時、競技場に入れるのは男性だけであったので、連れの女性たちは全員競技場の外で待たされることになります。

祭りの気分も高揚し、サビニの男たちが全員競技場に入ったのを見届けると、ロムルスの命令下、ローマの若者たちは一斉にサビニの女性たちに襲いかかりました。  

不意をつかれたサビニの男たちは、妻や子供や老人を守って自分たちの部落に帰ることしか出来ませんでした。 とはいえ、サビニ族も黙って引き下がりはせず、強奪された娘たちの返還を要求しました。

それに対し、ロムルスは正式に結婚して妻にし、決して奴隷扱いはしないと答へ、自らも率先して結婚式をあげました。  しかしながら、怒りの収まらないサビニ族は、ローマに対し戦いを挑み、戦闘は合計4回にも及びました。  しかし、4回目の戦闘の最中に、強奪されていたサビニの女性たちが戦いの間に割って入り、口々に夫と親兄弟が互いに殺しあうのは見ていられないと訴え、心を動かされた両軍は、戦いを中止し、平和条約を結び、やがてこの2つの国は合体し、ローマが首都となりました。

欧米では今でも、花婿が花嫁を抱きあげて新居の敷居をまたぐ風習がありますが、この事件以来ずっとローマ人の習慣になっているものです。








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