1914年12月、英国人探検家シャクルトンは犬ぞりによる南極大陸横断に挑戦するため、56人の仲間とエンデュアランス号に乗り、サウスジョージア島を出発した。すでに南極点到達はアムンゼン、ノルウェー隊に先を越されている。遠征の老舗、イギリスとしては、名誉挽回のはずの南極横断のはずだったのだが・・。
日本ではアムンゼンやスコットの極地到着レースはよく知られている。子供の頃、伝記で読んで、胸を躍らせた人も多いだろう。しかし、本国イギリスでは、同等にシャクルトンのことは語り草になり、人々の心を掴んできる。昨年、イギリス人を中心としたシーカヤックチームがサウスジョージア島の一周を行ったが、シャクルトンのことを強く意識していたようだ。
シャクルトンとその仲間たちは、南極に向け出発して一月後に流氷の中に閉じ込められ、1年5ヵ月後に53人が生還すると言う、史上稀に見る、と言うよりも唯一といえる脱出劇を成功させたのだ。通常、海での遭難は、長期になればなるほど生還の可能性が低くなる。しかも南極大陸という、とんでもなく厳しい状況からの生還劇だ。
生還なき遭難は、語る人がいないので、真実や実際のところをうかがい知ることは出来ない。しかし、このシャクルトンの遭難は、その後シャクルトンが紀行記を残したり、講演も行った。クルー生還者が、船乗りや写真家として成功し、さらに資料を残した。
冒険は人をたき付ける。シャクルトンに憧れて、多くの若者が旅に出たことだろう。シャクルトンの南極横断遠征は失敗に終わったが、その道をたどる後発の人間は多かったはずだ。困難をチャレンジの対象を与えられたと喜ぶ人がいる。シャクルトンの56人の仲間は信じられないほど安い報酬しか受け取っていない。しかも着払い、帰ってきた時払いだったそうだ。
「エンデュアランス号遭難記(中公文庫)」は、そんなシャクルトンの大遭難の詳細がつづられた、名著だろう。

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