10月10日に宝生能楽堂で、実盛(シテ観世銕之丞)を見ました。
銕之丞は何か面白いものを持っている能楽師だと思います。
真剣に、丁寧に能を作ろうとしているのに、どこか抜けているところがあって、それが能の神様(他に言い様がないのです)に愛される「ゆえん」なのだと思いました。
思うに、銕之丞が演ずる能として「実盛」を選択した理由は謡で能を作りたいという意識の表れなのです。しかしながら、正直に言って、キリに至るまで僕にはちぐはぐな感じがしました。
まず前場のシテは老人なのですが、何故か謡を聞いていると、銕之丞本人の素(?)が出てきて暴れたい気持ちを必死に抑えているようでした。
シテは幽霊とはいえ武士なのですから、これは表現の内にあるといえばそうなのかもしれないのですが、少し違和感がありました。
後シテで決定的に変だったのは、面の表情と銕之丞の表情とがキリまで噛み合っていなかった事です。銕之丞の謡はどこか嬉しそうな響きがありました。(動けるシーンが多くなったからかもしれません。)にもかかわらず、面の表情は悲しげでした。これはまるで、面にたしなめられているかのようでした。実盛という役と銕之丞さんのやりたい事が一致していないようで、僕としては面白いとは思わなかったです。
なのに、この能が良かったのは最後の最後のキリのお陰です。
ここになって初めて、何故か銕之丞と役が完全に一致して、観客を説得させてしまうだけの魅力を持ったものを見せつけられる気がしました。それだけで、今日はいいものを見たなと人々に思わせる能を演じる彼を見て、何か良いものが憑いているんだなと僕は納得してしまいます。

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