桜はボク達の心に特別な感慨をもたらす・・・。
それは、過去への惜別なのか?
それとも、出会いへの・・・沸き立つ予感なのか?
あるブログでこんなコメントを見た。
母への追悼を書いた記事だ。
早逝した母への、心の限りの声を託した記事だ。
ボクはこう言った。
長生きして逢おうよ・・・
そのうちいい事あるさ・・・
ある人のコメントはこうあった。
人生は深さではないのか・・・そう思う。
そのコメントを寄せてくれた人も、苦労されたのだと思う。
だが、自分の自信を・・・深さを語ったのだと思う。
桜の・・・夜に舞い散る桜の下にいるとこう思うのだ。
みんな・・・
どんな形でもいい・・・
長生きしてて欲しい・・・
親ならば・・・なおさらそうなのではないのか?
子供なら・・・なおさらそうなのではないのか?
深さ・・・?
それも不幸にして早逝してしまった者への、残された者への言葉なのか・・・
ボクは、こう思った。
共に・・・いつまでもいることを願うのではないのか・・・?
どんな形でも・・・生きていて欲しい!
親兄弟、友人なら・・・
なおさら・・・そうなのではないのか?
あらゆる後悔・・・そんなものを、いいようもなく引きずって生きてゆくのではないのか・・・人生は・・・。
人生は、深度ではないのだよ・・・隣に、しかもずっと長く、へらへら笑いながらも、そばにいてくれることを願うのではないのだろうか・・・。
ボクはNETで、SHOPで、ブログで出会った全ての人を愛しています。
ヨッパ?・・・だがマジです・・・

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