二年前の冬に、ボクの住んでいる区の組以外に新住人が増えてきて新組を立ち上げる事になった。新住人といってもそれはボクだけだ。
つまり、新宅、娘の息子の新生活の家、などが増えてきて新組を作ろうという事になった。11名ほどが参加した。
以前は納税組合というものがあり、還付金があったのだ。
当時は健康保険の額がかなりあり、町からの個人への還付・・・モノだけど・・・が、行われていた。一世帯五千円分ぐらいか・・・。現在は廃止されているが、思えばバブリーだった。
カタログギフト、いまだに愛用しているがっちりした傘など・・・。
新組が出来て程なくそれらの制度は無くなったが、2月の害虫防止の芝焼、夏の草刈、クリーン作戦など組で動く事が多く、それは中途半端な地域貢献から少し住人の意識が代わったとも言えるのだろうか。所属意識というような・・・。
一軒離れた家の女性が再婚した。
Yさん。
男がその家に住みだした・・・というところか。
その流れで、新組に入れて欲しいという要請があった。
別に何の問題もなくそれは受け入れられた。
ボクが引っ越す歳にYさんは組長になった。
焼き物大好きなんです・・・
彼はボクより五つぐらい上だろうか?
ほとんど話した事はなかった。
ある日大家本家新宅筋の娘のMちゃんと会ったときに彼女が言った。
Mちゃんは結婚して新組側に家を建てて住んでいるのだ。
Yさんなんか、ヤ〜ナ感じなんですよね
こう、どうでもいいことを主張するみたいな・・・
あぁ、これはこの前の新年会の話か・・・
ボクは不参加だった。
なにかあったの?・・・と言い掛けたときにヒトが来た。
組長とかに成りたいタイプなんだろうな・・・
イヤナやつか・・・
そのままボク達は引越しした。
Y組長は不在で、誰かに挨拶タオルを託したのだが覚えていない。
Y夫婦は場外競輪場などに通う悠々自適な生活だった。
新居である。
工事の車がまだ出入りし、土留工事、工房の残工事が残暑の中で行われていた。母屋のエアコンも工事の都合上2〜3日後になるという生活できないような情況が続いていた。
コレも全部工事遅れから来るものだった。
そんなまだ生活が始まっていない9月のある日・・・意外なヒトが坂の下から上がってきた。
それはY夫婦だった。
陶ちゃん(違うけど)・・・やっぱりこの家だった!
この前ご挨拶できなくて・・・競輪言ってたんです アハハハ
それで陶ちゃん
組から、みんなからこれ・・・贈り物です。
そう言ってYさんは箱を差し出した。
え?わざわざコレを?
もうI町の方へは来ないでしょうからね・・・
そうですか
それはありがとうございます
じゃ!といってY夫婦は帰っていった。
ボクは作業の疲れのなかでお茶も出さずに帰っていく二人をズ〜と見送っていた。
あの二人とは話したこともなかったな・・・
組長だから預かってきたのかな・・・
Mちゃんの言葉が浮かんだ・・・イヤナやつか。
ボクは何かの感情を抱けるような状態ではなかった。
暑く疲れすぎていたのだ。
イヤナやつ・・・か。
箱の中は壁掛け時計だった。
時計の裏には組の名前が入っっていた。
続く

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