善意  日々雑記

昨日ちょっとツイッターで浮上していた話題。
善意を贈るという事について。

千羽鶴を贈る(送る)事=受け取り側にとっては有難くない可能性が多々ある(特に、縁のない見ず知らずの相手に送る場合は)というのは、これはもう阪神淡路大震災の頃から言われてきたことです。
贈られた相手が「知り合い」で、それを贈ることで相手が「喜ぶ/勇気づけられる」のなら、それはお互いに良い行為。よしんば「知り合い」じゃなくても、双方に良い結果であるのならば(言葉は何ですが winwin なら)まぁ大丈夫かもしれない。
ただ、まず「千羽鶴を折る」という行為そのものは、作り手側のみの意志なんですよね。祈りであったり願いであったり、そういうものは込めるかもしれないけど。そしてそういう行為が無駄であったり不要であったり、と断ずるのも、一方的な言い草なので、周りに迷惑をかけない限り千羽鶴を折ることを否定することはしなくていいと思うのです。
最終的には「何も考えずに贈る(送る)」ことで迷惑行為になってしまい、双方嫌な思いをした…ということが無ければいいのです。

とここまで書いて言うのも何ですが。
実は私自身は、千羽鶴はあまり好きではありません。これは完全に個人的な感情の部分です。
過去にやったことがあったのは…高校時代に夏の高校野球県大会で母校が奇跡的にベスト8まで勝ち進み、部のマネージャー(クラスメート)に「お願いだから千羽鶴作るの手伝って!」と頼まれたときぐらいでしょうか(ベスト4まで行ったな、確か)。
その後、千羽鶴に巻き込まれたのは大学教員になってから。
あることで学生が「千羽鶴を作る!」と言い出し、まぁそのメンバーが暇な時間で作っているのは構わないわけですが、授業時間中にやるわ(自由な体制とはいえ課題制作時間である)、果てに下級生にも手伝わせようと授業時間内に「告知させてください!」と押しかけてきたので、授業時間内の告知は絶対不可/強制も絶対不可と通告して、休憩時間に告知だけはさせました。
その時のリーダーが…完全に自分に酔ってるタイプでして。
「○○を思って千羽鶴を折っている自分」に自己陶酔している(かつ千羽鶴を折らないのは冷血人間!的なまなざし)様な状況で突き進んでいたので、「ああ…とに角千羽鶴を折ってとに角送っちゃう人って、こういうタイプがある程度混じっているのかも…」と何かしみじみ実感してしまった次第です。
冷めた見方をするなら「君、本当に○○のためにやってる?」と疑問がわくほどに。
ばかりとはいいません、でも絶対何割かは居ると思う。

善意は大事。
同情とかも「同情なんかいらねぇ!」というほどには冷めていません(上から来られると嫌だけど…そもそも上から目線の場合「同情」と言っていいのか?)。
でも押し付けない様に、ワンクッション。
情報も一杯出ているから、慣習とかではなく「自分で考えて判断する」。

…というようなことを自分にも言い聞かせておきます、はい。


でね、ちょいと裏話なんですが。

身内でですね、とても良い方が居て、色々考えて、物を持って来てくれたりとかプレゼントをくれたりとかして下さるんですよね。
ただね………
ちょっとピントがずれてるの。
先日も、荷物をまとめてスーツケースに詰めて「よしこれで大丈夫、何とか収まったし!」と思って移動したら、移動した先で「これ絶対必要だと思って!沢山あっても無駄にはならないから!」ときれいにラッピングしたものを下さいまして……
えっと…今出先なんですけど…持ってきた荷物の中にこれを入れるゆとりは…正直厳しんですけど…!きれいなラッピングもゴミにしかならないんですけど…!
ちょっと涙目。
すみませんごめんなさい、あなたのお気持ちは大変嬉しいです有難いです、でも、家で荷物詰める前に頂けるものなら頂きたかったです!(心の叫び)(あと申し訳ないけど頂いたものはレンタルセットの手配をしていたのだ)
となってしまいました。

…相手の方の気持ちを傷つけないように、何とかうまいこと、ちょ〜っと物を渡す前に相手の事情も考えて頂けないものか、お伝えする機会をうかがっています。
※以前のプレゼント攻撃は旦那の方に伝えて御遠慮頂いたのでした



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