今日は久々に
真田太平記のDVDを観ました、オレです。
決戦!関ヶ原の戦い!って奴。
決着がついて西軍が負けまいた。
西軍が負けることが分かっていたから、真田昌幸・幸村親子の行く末を考えると、先を観ることが出来なかったんだよ…。
信之だって、苦悩するんだぜ。
丹波哲郎の昌幸も味があって良いのが、草刈正雄の幸村が原作よりも爽やかな好青年すぎて、感情移入しちまうわけさ。
この好青年でありながらも、この後”大阪の陣”で名を上げる名武将の幸村。
負けると分かっていても、死ぬと分かっていても、大阪方のために必死で戦うんだよなと思うと、ダメねもう。
せめて昌幸の後を継いで一国一城の主になるまでは生きて欲しかったなと思っちゃうよね。
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実は、この土日ともドライブをしてた。
特に理由もないんだけど。
土曜日は、軽く山梨まで行く予定であった。
ツーリングマップには、神奈川県足柄上郡山北町の丹沢湖から犬越路トンネルを通り、山梨方面に抜ける道があるみたいだった。
このルートが目的
参考は「
があ子の自転車ザンマイ 犬越路トンネルを抜けて丹沢湖へ」
犬越路という名前の由来は、武田信玄が北条方と戦をしていたとき、あまりにも峠が険しかったため、犬に先導をさせて進軍したという逸話から来ている。
そんな素敵な峠を通ってみようとしたわけ。
ところが、言ってみたら、途中で林業用の林道になっているところで、通行止めとなっちまった。
「
折りたたみ自転車で野山を走ろう」というサイトの「
谷峨〜丹沢湖〜犬越路林道(標高950m)〜藤野(走行距離60km)」というサイト参考。
「
があ子の自転車ザンマイ 犬越路トンネルを抜けて丹沢湖へ」にも書いてあるけど、自転車ルートとしては、通る人がいるみたいだけど、車は確実にムリだ…。orz
思いつきじゃなくて、キチンと調べていけばよかった。
オレ、通行止めで戻ることを余儀なくされると分かったとたん、無意識のうちに"信玄めぇぇ…。"と唸ったらしい。
同乗していた友人が"信玄が悪いのか?"と聞き返してきて、ハッとなった。
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日曜日は浜松までウナギを食いに行った。
本当は駿府城や浜松城を見たかったのだが、雨が降っていたのでウナギオンリーで、浜松駅周辺をブラブラしてみた。
ちなみに、またしても同行してくれた友人には、ずっと
三方ヶ原の戦いのあと、敗走する自軍の殿を務めた徳川家康の逸話をガイドしていた。
逸話については、「
平八郎が行く 古城・名城めぐり」ってサイトの「
酒井忠次」から引用する。
徳川軍は総崩れとなって、家康は命からがら浜松城に撤退する。この時、浜松城を守っていた酒井忠次は、城門も開き、大篝火を焚き、太鼓を打ち続けた。追撃してきた武田軍はこの異様な光景にいかなる計略があるものかと疑心暗鬼に陥り撤退する。(これが世に言う酒井の大太鼓である)また、追撃してきた武田軍はこの辺りの地理に不慣れであったため、犀ヶ崖という崖に転落して多数の将兵が死亡した。ちなみに、家康は撤退時に馬上で脱糞してしまい、それを忠次にからかわれ「たわけが。これは腰につけた焼味噌じゃ。」と言い返したとされる。
まぁ、つまり浜松縁の逸話としてはウナギよりも焼き味噌だと思い、"これは焼き味噌じゃ"と連呼しておりました。
皆もウンコを漏らしたときの言い訳に使ってみると良いぞ!

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