つい最近まで、鴉の知能は犬より高いと云われていた。鴉を観察していると、なるほど高い。というか高そうである。
この生物学的根拠を御存知かしら。体重に対する脳の重さの比率なのだ。そんな計算を発表した学者よりは、確かに鴉のほうが上だ。
鳥の骨は極めて軽い。もちろん飛ぶ為だ。相対的に脳が重くなる。それだけの話だ。
動物に関する学問や医療がひどく前時代的なのは、偏に、人間の生死とは無関係だからだ。人体に関してであっても、例えば毛髪に関する研究は驚くほど乏しい。理由は、禿げても死なないから、である。最近しきりにテレビで宣伝している薄毛治療薬は、薄毛撃退に心血を注いだ熱血漢たちの成果ではなく、前立腺の薬を服用していた患者たちの頭に、何故か毛が生えはじめ、え? この薬って禿にも効くんだ、と研究が始まったらしい。
飼犬の右後肢の、大腿骨頭を切除してもらった。股異形成によって脱臼した犬への、現状で最良の治療だと僕が判断した。結果、もし犬が不幸になれば、一切が僕の責任である。
現場は見ていない。すこし近所を歩かせ排便させてからバイクで獣医院に連れて行き、「じゃあお預かりします」というので、そのまま買物をして家に帰った。二時間余りの後、「終わりました。面会できます」という電話があった。忙しい医院にとってセンチメンタルな面会は迷惑だろうとは思ったが、せっかく連絡をくださったので散歩がてらに出向いた。
犬はまだ麻酔から覚めきっておらず、とろんと、看護師のお嬢さんから丁寧に櫛を掛けられていた。なんだよ、俺と居るより快適なんじゃないか? 腰の外側からメスを入れられたようだ。繃帶の周囲が、ものの見事に五厘刈りである。おやおや尻尾の半ばまで。
前肢から点滴を受けている。僕が誰かは判っているようだが、眼の焦点が定まらない。暫く寄り添ったあと、素気なく「じゃあ宜しく」と辞去した。べたべたしていたらホームシックになるからね。
今日のところはそれだけ。んじゃ他の部分の毛も丸刈りにしちまうか、などと考えているが、犬とて自分が不細工な姿をさせられていると凹むので(本当だよ)、要検討。
片肢が脱臼した雄犬は、どうやって小便をするか。右肢は上がらない。左肢を上げようとするとよろける。基本的に太宰『斜陽』で描写されているような、優雅なる立ちおしっこしか無いのだが、昨日、うちの犬は自力でその壁を越えていた。
段差のある場所で、大丈夫な左後肢は段の上、右肢は下に垂らして、擬似的な「左肢を上げておしっこ」をやっていた。工夫したものだ。

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