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2010/1/3

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諏訪大社上社本宮
http://suwataisha.or.jp/


諏訪大社の御頭祭(おんとうさい)は、旧約聖書の「イサク奉献伝承」に由来するとされており、元イスラエル駐日大使のエリ・コーヘン氏も著書で、諏訪大社上社前宮で行われる御頭祭について紹介しています。





かつて御頭祭では奇妙な風習があり、8歳ぐらいの子供が2メートルほどの御杖(みつえ)柱に縛られて、神官が子供に刃物を振り上げるしぐさをした後で、別の人間が現れて、それを止めて子供が解放されましたが、いまでは子供に対して残酷だということで、この風習はなくなっています。

実はこの風習は、旧約聖書のアブラハムとイサクの話にそっくりで、アブラハムは神から、自分の息子をモリヤ山に連れて行って生贄として捧げるように言われ、言われるままに息子を刃物で屠ろうとしたときに、神の遣いが現れてそれを止めます。  そしてそこに雄羊がいて、それを代わりに神に捧げました。


アブラハムの献児
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/210.html


モリヤとは、エルサレムにあるユダヤ教の聖なる山ですが、諏訪大社の御神体山も守屋(モリヤ)山であります。 
 

また、毎年4月15日に行われる「御頭祭」で昔は、75頭の鹿が生贄(いけにえ)として奉納されましたが、かつてイスラエルのモリヤの山(ソロモン王が神殿を建てた丘)で行なわれる過越祭では75頭の羊が生贄にされていました。


ちなみに、この過越しの祭り(ペサハ)が行われるのはユダヤ暦のニーサーン(第1月)の15日から21日ですが、これは西暦の3月から4月にあたり、ちょうど御頭祭が行われる頃で、現在は4月15日に行われますが、かつては旧暦3月の酉の日(今の4月中旬頃)に行われていました。


諏訪大社では、以前から1年に75の神事が行われていましたが、75という数字は仏教的ではなく、古代イスラエルによく出てくる数字で、イスラエル民族の父祖であるヤコブが親族を連れてエジプトに移住したとき、75人の親族を呼び寄せたと聖書に記載されており、イスラエルの失われた10支族のひとつ、サマリア人は、ゲリジム山で、子羊の動物犠牲を行う際、75頭を屠(ほふ)っていたと伝えられています。


さらに、旧約聖書の預言者モーセが海を二つに割った奇蹟と、諏訪湖が二つに割れる奇蹟 「御神渡(おみわたり)」、 諏訪大社の「御柱祭」と、古代イスラエルでも同じような巨木を使った祭りがあるのも興味深いところです。  古代イスラエルでは、巨木には 「アシラ」 という神様がいて、神聖なものとして扱われそれを大勢で運び出していたとされ、アシラ=ハシラも言葉として似通っています。




祇園祭 山鉾巡行
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伏見稲荷大社
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神社 と ダビデの星 
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天皇家 と エフライム族
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天皇家の紋章
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天皇家 もう一つの紋章
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秦氏
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