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2010/1/13

日ユ同祖論とDNA Part2  秦氏・日本とユダヤ文化


「日ユ同祖論とDNA」なるタイトルの記事投稿を前回行いましたが、私の尊敬するQMSS先生から恐縮にもお褒めの言葉を頂き、3つの質問をしていただいている事が分かりました。 本来であれば、先生のBlogのコメント欄に書くべきですが、字数が多くなってしまうので、この場でお答えしたいと思います。

QMSS先生の投稿
http://blue.ap.teacup.com/qmss/2213.html
日ユ同祖論とDNA
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1042.html


*用語の説明 : YAP+
マイケル・ハマー(米国アリゾナ大学)は、Y染色体DNAの中に300塩基ほどの特徴的なAlu配列が存在している人と、存在しない人の二種類あることを発見。 YAPと名づけられたこの多型は、過去にY染色体のある場所にゲノムの別の場所からAlu配列が飛び込んできたらしく、挿入タイプの突然変異に起因、この突然変異遺伝子をYAP+という。




1)時間的な動き、つまり、考古学で既に確立されております、ケニアあたりから人類は中東へ、一部ヨーロッパへ、中央アジアへ、一部インドへ、中国へ、ベーリング海峡からアメリカ大陸へ、という「大移動」が10万年程度の年月をかけまして行われておりますことを考えますれば、YAP+の塩基配列は、そのなかの一部の人々の動きを示すのか、それとも、YAP+配列は、さらなる混血により容易に崩れている可能性はないのか、ということでございます。


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私の意見は、移動してきたときには、YAP+塩基配列は、その移動経路に痕跡を残しますが、その後は侵略・敗北・逃避など複雑な歴史を辿っているので、今日の痕跡からだけで論じるのは無理があり、特に大陸部では分からないと思います。  ただ、チベットのような山岳地方や、日本のように東の果ての島国などには、その痕跡が残っていると思います。  混血によっても男子にはY染色は残っていきますし、容易に崩れるものならば、今日の遺伝子情報からの種々の解析が意味がなくなりますので、学者さんに聞いてみないと分かりませんが、私は問題ないと思います。 ただ、Y染色体自身は修復がきかずどんどん劣化(一部の塩基が破壊)されてゆく事は知られているので、このレベルでの崩れというのであれば、崩れていっているとしか言いようがありません。   ちなみに、人類移動の足跡を分かりやすい図で紹介します。

  
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2)DNA類縁関係における東・東南アジア類型のなかに日本が入っていることは、日本人の中に、中国・朝鮮半島からの移動を示しており、YAP+の塩基配列がない残りの半数は、この人たちの可能性があるのではないでしょうか。


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私の見解も、YAP+の塩基配列がない残りの半数の人たちは、中国・朝鮮半島から移動してきた人々だと思います。  一般論ではありますが、数万年前にユーラシア大陸のどこかで、縄文人やチベット人と共通祖先集団があり、そこで生じたAlu配列挿入という突然変異(YAP+)が起こり、日本には3万年〜1万2000年前にやってきた。

中国大陸や朝鮮半島にもYAP+(Y染色体の分類ではDとE型)の人は広く分布していたが、YAP+のない、Y染色体の分類でのO型の漢民族が中国・朝鮮を支配し、それ以前にいた男子を虐殺し、漢民族の男性と支配された側の女性の強制結婚による民族浄化(現在、チベットやウィグルでも行われている)により、YAP+がいなくなった。

そして、弥生時代以降に、YAP+(Y染色体分類でのD)がない秦の始皇帝の万里の長城の苦役に耐えかねた人々や、中国・朝鮮の戦乱から逃れてきた人々、先進文明を持っていて日本側から招かれた渡来人などがやってきて、日本列島全体としてYAP+を持った縄文人とYAP+をもたない渡来人の比率が半々になった。   



中国政府によるチベット侵略と弾圧
http://www.youtube.com/watch?v=r98JZpDZGcU&feature=related
チベットだけでは無い、中国の侵略と弾圧
http://www.youtube.com/watch?v=7MO87zOUaRg&feature=related
中国政府にレイプや拷問された多くの女性(画像)
http://photo.minghui.org/photo/images/persecution_evidence/E_wuju_300_1.htm



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この高いYAP+の割合は、一般によく言われるように、大陸から弥生人が日本に流入してきて、争いはあったとしても日本を支配したという事を示してはおりません。   文化的にも、日本人は中国語や朝鮮語を話していませんので、勝者側が敗者側の言葉を勉強して、話すようになったなど、ジョークでしかありません。  朝鮮による支配説を唱える人は、よほど頭が悪いか、洞察力がないと思います。   政治的にも、朝鮮半島に任那府を置いていたのは日本の方で、百済の王子である豊章を人質にとっていたのは日本側です。




3)C,O,D類型では、アイヌと東北の人々と琉球の人々との類型が異なっておりますが、沖縄の縄文遺跡は、沖縄以外の日本列島の縄文遺跡のものと同型のものであることが既に考古学では確立致しておりますが、そう致しますと、アイヌの人々はまた別の類型を想定するべきなのでございましょうか。


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民俗学を学んだわけではないので、素人発想ですが、日本人のY染色体DNA構成が、アイヌ人だけあまりにも異なっているので、縄文日本人で一括りにはできず、一見違った遺伝子をもつ別の民族(人種)のように考えられがちですが、私は同じ縄文人で、単に寒い北のほうに住んでいたので、中国・朝鮮から移動してきた人たちと混血しなかったため、本州の人の型と異なっているだけだと思います。  


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ただ、人類がアフリカで生まれて、Y染色体が日本にやってくるまでのルートには、南回りの海を渡ってきたルートと、ユーラシア大陸の陸を渡ってきたルートがあり、北海道のアイヌは北ルートから来た人の可能性が強いので、南ルートのY染色体と少し違った特殊なものである可能性はあります。  いずれにせよ、興味深いことは、東の果ての島国である日本では、アフリカを基点として南ルート、北ルートでやってきたY染色体(男性)が再び合流しているところです。

  
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