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2006/1/31

資本主義-3  国際政治・金融・企業

金銭に対する執着を嫌い、禁欲の教義である筈の、キリスト教社会であるヨーロッパで、
何故に近代資本主義が生まれたのでしょうか。

日本の江戸時代に、オランダ、イギリス、アメリカと、プロテスタントの国が経済発展してゆきますが、この背景にはプロテスタントのカルヴァン派の教義や、ユダヤ教の教義の神学的解釈の中に、秘密は隠されています。

イギリスのピューリタン(清教徒)も、プロテスタントのカルヴァン派であり、その清教徒たちがアメリカに渡り、アメリカ社会を形成していったのは、ご存知の通りです。


人間にとって、最も重要な事は生きる事であり、その為に労働をしたり、安心して生きてゆける為に社会を形成し、法整備がまだなされていない時代には、宗教がそのルールづくりを行ってきました。

農耕が始まる前は、狩猟生活で当時は冷凍保存技術がありませんから、食べ物が無くなったらなったら、「しゃーない」とあきらめるより他はなく、太陽や水、動植物など自然の恵みに感謝し、多神教となります。  狩猟生活の人は、動物を殺すので、農耕民族より野蛮と見られがちですが、実は違います。 縄文時代の人骨に傷は見られませんが、弥生時代の人骨には矢じりなどが刺さっているものが多く、大きな争いが始まったのも周知の通りです。

これは、穀物の栽培により、食料の保存がきくようになり、それを蓄える事ができるようになったからです。 計画性なしに、次の収穫までに全て食べてしまえば、なくなってしまい、蓄えをしていた人から高いお金や報酬で分けてもらわねば、なりません。 こうして、貧富の差が生まれてゆき、蓄積された富は暴力で略奪される事もあります。 

よって、こういうトラブルを避け、社会の安定を図る為に、どの宗教でも教義に禁欲を説いています。 特に、一神教のユダヤ教やキリスト教では、戒律が厳しいと言われています。

ユダヤ教は、モーセと絶対神ヤハヴェとの契約で、ユダヤ民族(イスラエル民族)がヤハヴェを唯一神として忠誠を誓う事により、神は彼らに恩恵を与えるという契約です。 よって、禍というものは自然や偶発的なものや自己にある原因ではなく、あくまでも神との契約違反の結果として捉えます。 つまり、トーラーに示された教えを実行しないと、契約違反となり、神が苦難をユダヤ人にもたらすというもので、「罪」の概念はあくまでも契約違反です。 また、この禍は一個人にもたらされる物ではなく、ユダヤ民族の連帯責任であるというのも重要なところです。 連帯責任であるが故、独立した個人として責任を負うことができないので、個人の生活は、ラビの指導の下に、禁欲的倫理を強いられるようになり、従順・謙虚・敬虔が日常の道徳となってゆきました。 また、ユダヤ教は偶像崇拝や神秘・奇跡、また来世での救済という概念は無く、救済もすべてこの世でおこなわれると考えるので、極めて宗教らしくない合理的な思想のものです。  人間は、誰しも苦悩しますが、ユダヤ教では、この苦悩は神が人間に与えた罰であり、それは人間が繰り返し神との約束を破ったからだと考えます。

カルヴァンの教義は、プロテスタントですから、教会の飾り立てや偶像を廃して、聖書の教えに忠実である事を目的としている為、ある意味ではカトリック以上に禁欲的なものであります。 プロテスタントのルターの考えでも、性欲も物欲も金銭欲も、この世の欲は全てが罪であり、何としても抑圧しなければならないとしています。 

しかしながら、欲望を抑えるというのは、そう簡単な事ではないので、仕事(職業)こそが、この日常的禁欲を実現できる、最も有効で重要な物であると考え、怠惰、享楽、浪費、無計画などを排除し、勤勉こそが重要とカルヴァンは説きました。 まさしく、勤勉かつ、清貧思想のピューリタリズムです。 当然、絶対神のもとでの人間の自己満足や、自己利益は明確に否定されているのですが、ここで現実の生活において、大きな矛盾が生じてきました。

それは、勤勉かつ質素倹約である事の結果として、禁欲の対象となる金銭や富が蓄積されてきてしまったのです。

カルヴァンは、カトリック以上に神の絶対化を説いていたので、神の救いは、人間の行いの結果より決まる物ではなく、救われる人と救われない人は最初決まっており、まして人間が知る由もないのだと考えていました。 いわゆる選民思想であり、強い禁欲も含めて、ユダヤ教と共通するところであります。 しからば、職業労働に禁欲的に従事した結果としての評価は、どうやって評価すべき物かとなり、それは感覚的なものであってはならず、「客観的に数値化されたものでなければならない」とし、この蓄積された貨幣の表示を肯定化し、経済的に成功し、財産をなす事は救いの確証であるという教義を持つようになりました。

昔から、カトリック社会では金銭を汚いものとし、忌み嫌い、その機能をユダヤ人に押し付けてきました。 すなわち、故郷の無い放浪の民のユダヤ人をゲットーに住まわせてやる代わりに、金融業をやらせていたのです。 これが、後にユダヤ人に金融の知識やセンスを磨かせ、世界の金融資本を支配してゆく結果となるのですが、このカルヴァンの思想により、ようやくキリスト教徒も、ローマ教会(今日のバチカン)から厳しく制限されていた金融経済活動が可能となり、プロテスタント特有の計画性、合理性、勤勉性もあいまり、オランダ、イギリスなどのプロテスタント諸国は大きく経済発展してゆきます。

また、昔からの資本主義では、自己の持つ資金が限られている為、個人の衝動的な欲望につき動かされた経済活動が主でありましたが、世界で初めての「オランダ東インド会社」が、設立されてからは、ビジネスシミュレーションをベースとし、極めて計画的な巨額の取引が始まるようになり、今日の近代資本主義がヨーロッパで起こり、アメリカにも大きな影響を及ぼしました。

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