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2010/3/9

八咫烏(やたからす)  日本・天皇・神道・記紀神話
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      八咫烏



現存する王室で、世界最古の歴史を誇る日本の天皇家ですが、日本建国からおなじ一族であるというのも驚愕であり、日本の歴史そのものと言っても過言ではありません。


日本の国体
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1052.html


これだけ長く続いている理由の一つに、キレイ事だけではすまない部分もあると思いますが、やはりアメリカのCIA、ソ連のKGB、イスラエルのモサドなどのような諜報機関の存在は否定できず、日本の場合は古代から、八咫烏(やたからす)という秘密結社があり、天皇家そして日本を守ってきたとされております。  一般人には知る由もありませんが、今も我々を守ってくれているのかも知れません。


神武東征の際、天照大御神の命により、八咫烏(やたからす)に化身して勝利に導いたのが、建角身命(たけつぬみのみこと)で、彼は京都の下鴨神社の祭神であります。

神道で、神社の頂点に君臨するのは天照大神を祀る伊勢神宮ですが、表裏一体となって同じくらい力を持っているのが下鴨神社です。  その証拠に、天皇の即位の儀礼や最も重要な「大嘗祭」を主催し、そのすべてを取り仕切っているのは、宮内庁でも伊勢神宮でもなく、京都の賀茂神社で、下鴨神社また八咫烏が、天皇家や日本を裏から支えてきたともいえます。  






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熊野本宮大社
http://www2.ocn.ne.jp/~sanzan/NTTcontents/hongu/



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八咫烏神社
http://www.yatagarasujinja.net/



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伊勢神宮
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1040.html
http://www.iseshinwa.com/#







神武東征

記紀神話において、八咫烏(やたからす)の話がでてくるのは、神武天皇の東征の場面で、九州を発ち、東へ向かった神武天皇は、現在の大阪辺りに上陸しますが、先住民の長脛彦の軍と全面戦争になり、一時は退却。  敗因を占った結果、天照の子孫でありながら太陽に向かって戦をしたのが間違いとでました。

これを受けて、神武天皇は戦略を練り直し、今度は太陽を背にする南から攻める事に決定。 難波から紀伊半島をぐるりと迂回し、熊野に上陸。  そこから紀伊山脈を越えて、大和地方に入る事にしました。  しかしながら、紀伊の山は半端ではなく、熊野の上陸した途端、巨大な熊の姿をした神が現れ、毒気を発しました。 これによって、神武天皇軍はみな卒倒。 天照大神が高倉下に与えたタケミカヅチの剣「布都御魂」の力によって、なんとか立ち直ったものの、気がつけば深い森の中で道に迷ってしまいました。

そのとき、どこからともなく、さっそうと現れたのが、一羽の巨大なカラス「八咫烏」であります。 

八咫烏の咫は、変わった字ですが、「尺」に「只」という字をつけます。  1尺は「寸」の約10倍でセンチに直すと約30センチ。 「1咫」は、手のひらの下端から先端までの長さで4寸――約18センチ、「8咫」ですからこれを8倍すると144センチ、ほぼ1.5メートルですから、ヤタガラスはかなり大きなカラスということになります。  また 「八」という字そのものが末広がりで、大きいという意味を表します。


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神武東征と八咫烏


八咫烏は太陽神の天照大神が遣わした神で、神武天皇の先導をする役目を帯びておりました。 前日、その事を夢のお告げで聞いていた神武天皇は、八咫烏が天の遣いであることを見抜き、その後をつけてゆき、森を抜ける事に成功し、吉野から大和へと入る事ができました。  

こうして、神武天皇は長脛彦を退治し、橿原宮(かしわらのみや)において、初代天皇として、即位することになります。






アレキサンダー大王

神武東征の際、天照大神によって遣わされ、熊野国から大和国への道案内をした、3本足の八咫烏ですが、この話は、ギリシア神話とアレキサンダー大王東征の話が伝わってきたものと思われます。



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アレキサンダー大王



ギリシア神話では、カラスは太陽の象徴、もしくは太陽神の遣いとされ、太陽神アポロンのカラスが有名で、最初は白い色をしていましたが、後にアポロンの怒りを買い、黒くなったとされており、3本足であります。 

旧約聖書のノアの箱舟では、水が引いたかどうか調べるために最初にカラスを放ちますが これは、カラスは飛んでいったきり帰ってこなかったので、しばらくしてノアはハトを放ち、ハトはオリーブの枝をくわえて帰ってきたので、ノアは水が引いたことを知りました。  帰ってこなかったカラスは太陽を目指してどこまでも飛んで行ってしまったといわれています。

またアイヌの神話では、神が世界を作ろうとしたとき、魔物が邪魔をして太陽を飲み込もうとしましたが、そのとき、カラスが魔物ののどに飛び込んで、のどをつまらせ、世界を救います。 カラスは一度世界を救ったことがあるので、何をしてもいいと思って、人間の食べ物を盗んだりするようになった。  と、カラスと太陽にまつわる神話は、世界各地にあります。

いずれの話も、カラスが太陽の中に飛び込んでゆきますが、これは太陽の黒点が、3本足のカラスに見え、太陽に住んでいると考えたのだと思われます。




ご存知、アレキサンダー大王は、紀元前4世紀にマケドニアの王子として生まれ、幼少期には家庭教師として、哲学者アリストテレスに学び、若干25歳にして史上最大の世界帝国の王として君臨し、わずか33歳でこの世を去りました。


「プルターク英雄伝」にアレキサンダー大王とカラスにまつわる伝説があります。  アレキサンダーが世界帝国を築くきっかけとなる東方遠征を行ったのは、紀元前344年で、イッソスの戦いに勝ったアレキサンダーは、そのまま地中海沿岸沿いに南下、アフリカ大陸に侵攻し、エジプトを征服しました。  

古い歴史を持つエジプトですが、クレオパトラにまでつながるプトレマイオス王朝(紀元前306年 - 紀元前30年)は、アレキサンダー大王の死後、部下のプトレマイオスが首都をアレキサンドリアにして創始した王朝です。

エジプトに勝利したアレキサンダーは、自らファラオになる事を決意しますが、エジプトにおけるファラオとは、太陽神アメンの子供を意味し、ファラオに即位するには、太陽神の息子として認められる必要がありました。

そこで、アレキサンダーはリビア砂漠のオアシスにあるシヴァに向かいます。 シヴァにはアメン神殿があり、ここで託宣を受ける必要があったのです。  

しかしながら、途中ですさまじい砂嵐に巻き込まれ、ついにアレキサンダーの一行は道を失い、立ち往生してしまします。  そこに天空から一羽のカラスが現れ、アレキサンダーをシヴァのオアシスまで導き、無事アメンの託宣を受け、ファラオとして即位できました。  


このように、太陽神、カラス、大王というワンセットの話は、ユーラシア大陸全般に存在しており、アレクサンダー大王の話が各地に伝わったのだと考えられます。







下鴨神社


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下鴨神社(=賀茂御祖神社)  1月4日の蹴鞠始め
http://www.shimogamo-jinja.or.jp/index.html
http://www.youtube.com/watch?v=zQXZGSsG9DU



下鴨神社は、平安京遷都以前からあった京都最古の神社の一つで、下鴨神社を建てたのは古代豪族の賀茂氏(秦氏一族)、この神社こそが、天皇家を支え・お守りしている、極めて重要な神社でなのであります。 御祭神は建角身命(たけつぬみのみこと)とその娘の玉依比売命(たまよりひめのみこと)。  


秦氏
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/413.html
秦氏と賀茂氏
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1049.html


神武東征の際、天照大神の命を受けて、八咫烏(やたからす)に化身して勝利にに導いたのが、建角身命であります。  建角身命の娘が玉依比売命で、彼女は神武天皇の母親なので、神武天皇の祖父が八咫烏となって、孫の神武天皇を助けたという事になります。  ここで重要なのは、建角身命だけが八咫烏というわけでなく、それは組織化され、ある集団を指すようになり、天皇家を守る秘密組織「八咫烏」となってゆくわけです。 現代にもあるという噂はありますが、本当に在るのかどうかは分かりません。

神道で、神社の頂点に君臨するのは天照大神を祀る伊勢神宮ですが、表裏一体となって同じくらい力を持っているのが下鴨神社です。  その証拠に、天皇の即位の儀礼や最も重要な「大嘗祭」を主催し、そのすべてを取り仕切っているのは、宮内庁でも伊勢神宮でもなく、京都の賀茂神社なのです。  

京都の賀茂神社には、上賀茂神社と下鴨神社(=賀茂御祖神社)がありますが、社格としては下鴨神社のほうが上で、伊勢神宮における内宮に相当します。 ちなみに、伊勢神宮の内宮には天照大神(=ヒミコ)が、外宮には豊受大御神(=トヨ)が祀られています。


ここで、多くの皆さんは、素朴な疑問にあたると思います。  それは、下鴨神社の祭神が、天照大神の命を受け、八咫烏に化けた、建角身命(たけつぬみのみこと)で、その孫が神武天皇とは、何のコッチャと思って当然です。

この謎を解くために、「山城国風土記」にある賀茂神社の縁起を見てみましょう。 祭神である玉依比売命(たまよりひめのみこと)に関する「丹塗り(にぬり)矢(や)伝説」があります。

玉依姫が石川の瀬見の小川で遊んでいると、上流から丹塗り矢が流れてきてきたので、これを家に持って帰り、床の辺に挿しておくと、すると何故か玉依姫はひとりでに懐妊。 男の子を生んだとあります。


勘の良い人なら分かると思いますが、これは太陽神のキリスト伝説によく似ています。  大王である神武天皇は処女の母から生まれ、そして八咫烏は精霊を表し、八咫烏の住む太陽は主なる父、すなわち、キリスト教でいうところの、三位一体(父なる神と、子なるイエスキリスト、精霊の3つが尊さはひとしく、神は固有の三つの位格でありながら、実体は同一である)であります。

太陽に住む、八咫烏の足が3本というのも、意味深で、暗に三位一体を表しているのだと思います。  そうすると、パズルは面白いように解けてゆき、  

すなわち、太陽神である天照大神(父なる神ヤハヴェ)=地上に降りた天皇の祖神武天皇(地上に降りた神の子:イエスキリスト)=羽を持ち空を飛ぶ八咫烏の建角身命(精霊)となり、これらは同一のものである。 という事になり、話は分かりやすくなります。  これは、原始(ネトリウス派)キリスト教徒であった秦氏が、聖徳太子が馬小屋で生まれたという伝説と同様、イエスキリスト伝説を散りばめていると考えられます。   


フリーメーソンとは何か  天文学的考察 
(このWebにイエスが太陽神であることを記載しています)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/720.html


すなわち、日本には太陽(父なる神)=天照大神(神話の世界)を祀る伊勢神宮と、大王(地上に降りた天皇の祖)=神武天皇を祀る下鴨神社があり、下鴨神社の名前が賀茂御祖神社と呼ばれる事からも、天皇の始祖である神武天皇を祀っていることに間違いないと思います。



下鴨神社は、葵祭りで有名ですが、この神社の紋は葵御紋です。


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下鴨神社 葵御紋


今では、葵の御紋といえば、徳川のほうが有名ですが、これは徳川家康が自分の権威付けのために、下鴨神社の歴史と権威がある葵御紋をパクッたのであります。  もしかすると、八咫烏の力を借りて、天下を取ったのかも知れません。
 


八咫烏 神武天皇とアレキサンダー大王  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1046.html



天下といえば、八咫烏が関与していたのではないかという大事件があります。 それは壬申の乱で、天智天皇に謀反の疑いをかけられた弟の大海人皇子(=後の天武天皇)は頭を丸めて、身一つで熊野に逃げ込み隠遁生活を送りますが、知らぬ間にパワーアップして、天智天皇に勝利します。  

熊野には、神武天皇も八咫烏の力を借りて天下を取りましたが、天武天皇の場合も、なにがしか八咫烏が関与していた可能性があると思われます。



額田王(ぬかだのおおきみ) 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/846.html
日本の属国であった新羅と百済
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1044.html




葵祭りは、京都の三大祭の一つで、平安時代以来、国家的な行事として行われてきたので、わが国の祭のうち最も優雅で古趣に富んだ祭として知られています。



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京都 葵祭り



葵祭りの日程

5月3日   下鴨神社にて流鏑馬(やぶさめ)
        http://www.youtube.com/watch?v=H4V8v8q4v3k
       
5月4日   斎王代以下女人列の御禊(みそぎ)の儀

5月5日   武射(ぶしゃ)神事

5月12日  御陰祭、御阿礼神事

5月15日  葵祭




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下鴨神社(=賀茂御祖神社) 細石(さざれいし)








陰陽師(おんみょうじ)


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晴明神社(京都)
http://www.seimeijinja.jp/


陰陽師と聞くと、何やら怪しげな呪術師というイメージがありますが、律令制に於いて、中務省に属する機関のひとつが陰陽寮、そこで働くのが陰陽師であります。  陰陽寮は何をする機関かといえば、占い・天文・時・暦の編纂を担当する、れっきとした国家の組織であります。  すなわち、陰陽師は、高度な天文学や学問を習得し、日食を予測したり、作物を植えたり、収穫する時期などを人々に知らせ、暦の作成や時の管理を行っていた国家公務員であります。

安倍晴明が陰陽師として有名ですが、陰陽寮は賀茂氏が独占していたもので、安倍晴明は陰陽氏の大家、賀茂忠行(かものただゆき)の弟子であり、安倍晴明の後は、賀茂氏と安倍氏で陰陽寮の陰陽頭や上位職を独占するようになります。  

京都の御所、二条城のすぐ近くに晴明神社がありますが、上の写真にあるように、晴明神社の紋は五芒星で、いかにも西洋的ですが、ペンタグラムやソロモンの星と呼ばれ、魔よけのシンボルで、陰陽道でも魔よけの呪符とされています。   これまた、六芒星(ダビデの星)と同じく、ユダヤゆかりであります。



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晴明神社の鳥居



下鴨神社の葵祭りでの神事、流鏑馬(やぶさめ)で矢を射るときの掛け声は、「陰陽=いんよう〜」と言っているのをご存知でしょうか?


下鴨神社 流鏑馬
http://www.youtube.com/watch?v=H4V8v8q4v3k


陰陽道には、陰と陽、すなわち、表と裏があります。  陰陽師のトップ 「陰陽頭」 の裏名は、 「 漢波羅 」 ですが、これはユダヤに伝わるカッパーラの事で、 カッパーラとはユダヤ教の伝統に基づいた創造論、終末論、メシア論を伴う神秘主義思想であります。

独特の宇宙観を持っていることから、しばしば仏教の神秘思想である密教との類似性を指摘されることがありますが、文明は高いところから低いところに伝承されてゆきますので、当然であります。

また、カッパ−ラはヘブライ語の動詞「受け入れる」「伝承する」の名詞形で、「受け入れ」「伝承」を意味します。



下鴨神社の御祭神は神武天皇を救った八咫烏である事は、既に前回の投稿で行いましたが、天皇を影でお守りする集団、八咫烏は、陰陽道すなわち、ユダヤのカッパーラの奥義を学んだエリート集団であると言えます。


また、頭にかぶるのは烏帽子、流鏑馬で騎手のほほの両側に黒い翼のような髪型、相撲取りの髪型は、全て八咫烏が頭にとまっている状態、また羽を広げた状態を表現しています。


八咫烏 と 烏帽子、ちょんまげ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1051.html
相撲は古代イスラエルの神事だった
http://www.youtube.com/watch?v=U9NqwW6Bka8


日本の妖怪に河童というものがおりますが、カッパーラと関係が示唆された本も出版されています。 実は、河童の顔、特に口ばしは、烏天狗に似ており、既に私のBlogでも天狗とユダヤの関係を投稿した事があります。  


天狗 と ユダヤ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1045.html


私の推測ですが、基本的に山に住む妖怪天狗と、河に住む妖怪河童は同じものであり、裏社会から恐怖で表社会を支配する、またCIAのような諜報組織に生きる秦氏、またその一族の賀茂氏の秘密組織ではなかったかと思っています。



その組織とは、八咫烏。  



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烏天狗 と 天狗



27

2010/6/2  12:42

投稿者:kirinaga4
カラスってヘブライ語ではどういう意味なんでしょうね〜
吸血鬼?(思い付きです)

http://nuevlxxxxrusfel.blog5.fc2.com/

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