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2006/2/17

イスラムの繁栄と衰退  宗教・思想・哲学・文学・芸術

聖徳太子とムハンマドが7世紀に現れ、それぞれ日本もイスラム社会も国内はまとまり、発展してゆく事となりますが、その性格は正反対の物でした。 柔軟に他の文明を取り入れる日本、一方イスラムは排他的・閉鎖的である事による、イスラムの団結を求心力にしてゆきます。 さらに、戦の結果の戦利品として、異教徒の富や女の略奪を許した事も、戦士の士気をあげるには効果的であった事でしょう。

排他的・閉鎖的でありながらも、中世のイスラム社会は高い文明を有していたではないかとの意見もあるかと思います。  勘違いしている人が多いのですが、これはイスラム教の持つ理念や思想が科学技術文明を発達されたのではなく、古代に栄えた高度な文明を有した、またはそれを伝承した地域を征服した事によるものです。

例を挙げると、美術工芸・建築・文芸・音楽などあらゆる文化に輝かしい伝統を持つペルシア、数学・天文学・医学・哲学など優れた文明を持つインド、古代ギリシア・ローマ系の高度な科学技術・天文学・医学・文学・哲学の文明や、天文学・建築・数学・治金・化学・医学・哲学・農業など全ての分野で圧倒的に高度なエジプト文明が、豊かに残るシリアから北アフリカなどです。



そうして、古代ペルシア文明、インド文明、エジプト文明、ギリシア・ローマ文明、などを
手にしたイスラム帝国では、それらがアラビア語に翻訳されてゆき、世界でも最高の水準を持つイスラム(サラセン)文化を築きあげる事ができたのです。

イスラムが錬金術をヨーロッパに伝えたと書いている本もよく見かけますが、間違いです。 調べていただければ分かりますが、古代ギリシアのアリストテレスが既に卑金属を金に変える錬金術研究をしており、論文も残っております。 この錬金術はアレキサンドリアで発達しました。 青銅器も鉄(砂鉄)も古代エジプトが最初であり、この冶金学が錬金術のルーツであります。 

プラトンやアリストテレスなどのギリシアの文献は、アラブ語に翻訳されイスラムに紹介されましたが、このアレキサンドリアの錬金術も、ギリシア哲学と共に、イスラムに伝わったものです。 十字軍遠征以後に、イスラムの文献が再度ヨーロッパで翻訳され、この錬金術や古代ヨーロッパの学問が、再度ヨーロッパ人に紹介されたというのが、正しいと思います。

ムハンマドの天才的な戦略で、次々と異教徒との戦いに勝利し、イスラム教の拡大をさせてゆき、強大なイスラム帝国を築きあげましたが、やはりその教義の持つ閉鎖性・排他性、さらには非合理性により、徐々にイスラム社会に影を落としてゆく事になります。

キリスト教社会では、1600年代にカトリック対プロテスタントの宗教戦争があり、プロテスタント側の勝利で、ウエストファリア条約で幕は降ろされ、ハプスブルグ家の神聖ローマ帝国は、名前は残る物の約300もの連邦国家に分裂解体され、多くの主権国家が出来上がり、信仰の自由が認められるようになりました。 これが、ヨーロッパの近代化をもたらす大きなキッカケとなるのです。

カルヴァンの柔軟な思想により、お金は汚い物としていたカトリックの思想から開放され、資本主義の道をヨーロッパは歩み始め、プロテスタントの合理性も合まり、発展の兆しを見せ始めました。 また、それまでは旧約聖書のアダムとイブが人類の最初であったと教え込まれ、それを紀元に暦がつくられていましたが、アジアの歴史を知るともっと古い人類の歴史があることを知り、ヨーロッパの人々は、宗教から開放された柔軟な考え方を持つようになります。

ヨーロッパでは、17世紀は科学革命の時代と言われ、ケプラー(独)、ガリレオ伊)、デカルト(仏)、レーウエンフック(蘭)顕微鏡の発明、パスカル(仏)、ライプニッツ(独)微積分学完成、ニュートン(英)が活躍しました。

きしくも、ヨーロッパでは暦が見直され、キリストの生誕を紀元とし、過去と将来に無限の時間があるという暦に変えたときも、まだイスラムでは旧約聖書のアダムとイブを信じ込まされていたのです。

こうして、物事を客観的に見るということや、科学技術で決定的な遅れをとったイスラムは、軍事力でもヨーロッパに逆転されてしまい、またギリシアを皮切りに、18世紀後半から非イスラム民族のナショナリズムが芽生え、イスラムは見放されてゆき、後は坂道を転げるように衰退して行きました。

自由・平等・基本的人権・博愛という人類普遍の思想と、国家繁栄の柱となる科学技術文明の重要性を説く、ヨーロッパ人の思想からは、もはやイスラムは受け入れがたい物となっていたのです。

今日に於いても、宗教で人々を抑圧し、非人道的な酷い女性差別を未だに続け、異教徒に対して暴力的な攻撃性を残すイスラム社会に未来を感じる事は出来ません。 

また、イラクでの自衛隊派遣による、キレイな飲み水を提供しようとする日本の誠意に対して、感謝する事無く、自分達に職を与えるのが不十分とし、日本の国旗を踏みつける行動を見ても、信頼されるに値しないと思われても仕方のない事でしょう。  

ODAにしても、本当に貧しく困っている国民にそのお金が回るわけでなく、王族や政府高官たちが好き放題やっている姿を見るにつけ、このイスラム社会の問題を見せつけられているような気がします。 

どこか甘えているような幼児性を感じるのは、私だけでしょうか?


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2017/2/11  12:00

投稿者:七紙
地道な努力というものを嫌い、基礎を積み重なる事を嫌うからな。ろくに基礎工事をやらないまま発展していったせいだな。

2006/2/18  15:16

投稿者:QMSS
ルネサンスジャパン様、過分なお言葉、大変に恐縮致しております。私は、ルネサンスジャパン様のご見識とそのご姿勢にこそ、次代の日本があるべき姿、これからの日本の皆が考えてゆかなくてはならないこと、などを真剣に感じさせて頂いております。中国に関するご報告では、言葉に表すことが出来ないほど、多くのことを学ばせて頂いております。素人の考えではございますが、ルネサンスジャパン様のヨーロッパ、中国、アメリカなどのご経験が、より多くの日本人の方々のお目に触れますことを願わずにはおれません。僭越ではございますが、ルネサンスジャパン様のご経験は、私達一般の日本人には想像もできないほどのものである感じが致しております。今後とものご活躍、そしてすばらしい記事をこころから楽しみに致しております。どうかよろしくお願い申し上げます。

2006/2/18  8:18

投稿者:Renaissancejapan
QMSSさん、私は貴殿のBlogのファンの一人です。奥深い知識もさることながら、特に考察の部分は勉強になります。 これからも、お互い意見交換させて頂ければ有り難いと思っております。

さて、アラビア数字の件はその通りでありまして、全くの同意です。 オスマン帝国とギリシアについては、話が長くなりそうなので、投稿という形で意見を述べたいと思います。

2006/2/18  8:03

投稿者:Renaissancejapan
望郷の月さん、モスリムの人たちがヨーロッパに来た理由については、ご指摘の通り、自国では食べていけないという事もあると思います。 しかしながら、自国で全く仕事がないという事はありえず、特に極貧で教育を受けていない場合、ヨーロッパに来るという発想もないのではないでしょうか。 特にトルコ系移民は、フランスとドイツに多いわけですが、これは明らかにヨーロッパに対する憧れだと思います。 これについては、話が長くなりそうなので、投稿の形で説明させていただきます。

重要なところで、イスラムの社会しか知らないと、本人たちは幸せでないかという考え方は、実に奥深い議論が必要かと思います。 何故なら、あまりの絶望に諦めきっており、いまさら自分の力ではどうしようもないから、あえて問題提起もしない、もしくはその元気すらない。 という場合も考えられるからです。 これについて、本人が騒がないんだから、いいんじゃないのとするか、他人が干渉して啓蒙してゆくべきか、これは奥が深いテーマだと思います。 

2006/2/17  15:29

投稿者:QMSS
ルネサンスジャパン様のブログをいつも楽しく拝読させて頂いております。また今回の望郷の月様との意義あるコメントのやり取りは、大変に貴重なものであると信じて疑いません。私自身2週間ほどしかイラクに滞在したことがございませんので、イスラム文化についてコメントできるわけではございませんが、国際関係論を10数年日米で研鑽致して参りましたことから2点のみコメントをさせて頂きたくよろしくお願い申し上げます。一点目は、現代ギリシアの言い回しに保守的な人に対して「東洋的ですね」という言い方があることをギリシア系アメリカ人の友人から教えてもらったことがございます。約400年間のトルコの支配はいったい何であったのか、というのが疑問点でございます。二点目は、ローマ数字では CCCLXV x D は粘土板を使って計算をしたそうですが、アラビア数字では 365 x 50 = 18250 と誰もが計算ができます。インドの仏教思想の「無」からゼロが発見され、それをいち早く取り入れたアラビア数字は、その後の数値計算の根幹を支えております。以上の二点でございますが、ルネサンスジャパン様の現代科学がヨーロッパ文化により発展させられているという点につきましてはほぼ全面的に賛同致す者でございます。

2006/2/17  14:40

投稿者:望郷の月
先の投稿で名前を書き忘れました。申し訳ありません。

2006/2/17  14:39

投稿者:?
モスリムが、ヨーロッパに渡ったのは、国では仕事がないから、食べていけないからではないでしょうか
イスラム教の否定は、西洋の文化を肌で感じてから起こったのではないでしょうか
そこのところがよくわかりません。
しかし、少なくともイスラム教は、国の発展と教徒を飢えさせない為にも宗教改革は必要だと思います。

2006/2/17  14:27

投稿者:望郷の月
早速の返信、有難う御座います。おおよそではありますが、Japanさんの感じておられることは、私の感じていることと大した相違はないように思います。しかし、それは、Japanさんと私の根底に流れる共通の文化のせいではないかと思われます。私は、幼少の頃、親の赴任の為、中東で何年かを過ごし、今は、夫の起業の為、異国で生活しております(この国の日本人社会は、狭いのでどこに在住しているかは控えますが、私のアドレスからJapanさんには、私の所在が辿れると思います)私の価値観からすると、彼らモスリムの生活は抑圧でしかありません。しかし、西洋文化に触れていないモスリムがそう思っているかというとやはり疑問です。私は、過去に何人かのモスリムの住み込みではないメイドさんのお世話になり、また今もお世話になっている身でありますが、彼らから宗教が抑圧になっていると言う言葉を聞いたことがありません。むしろ宗教によって助けられているとか守られていると考えているようです。彼ら、彼女らが恐れるものは、宗教的抑圧ではなく飢えです。それは肉体を持つ者として当然のことです。彼ら、彼女らは、我々のような教育は受けていないので、外の世界の出来事や価値観は知りません。ですから、私たちの考えるような抑圧を感じていないのではないだろうかと考えるようになりました。また、一夫多妻についての答えも、私たちが考えるようなものではないのには、正直驚きました。Japanさんのお会いになったモスリムは、西洋の文化を知ってしまったモスリムなので、私の知る外の情報の多くを知らないモスリムとは、感じ方が違うのかもしれません。

2006/2/17  14:02

投稿者:Renaissancejapan
大陸側のヨーロッパの印象ですが、一般に言われるように「マッタリのヨーロッパ」という表現がぴったりで、いい加減というか極めて人間的です。

医療費と学費無料(幼稚園から博士課程まで)、入試はなく誰にでも学ぶ権利が与えられているので、社会人も仕事をしながら、気軽に簡単に大学に通って学んでいます。

会社でも残業はほとんどありませんし、夏になると毎日無料で夕方から深夜にかけて、クラシック音楽やオペラの野外コンサートを役所が企画してくれます。 徹底した農業保護で、農家も楽しそうだし、生活費も日本の1/2-1/3です。 牛乳1Lが約100円、ビール500ccで約100円、牛肉も100gで50円から300円くらいで、300円の肉は松阪並に柔らかくて美味しいです。 だいたい、どこの国も同じくらいの価格です。 イギリスは約2−3倍高いです。

イスラム社会の人たちが、イスラム社会を嫌悪し、ヨーロッパ大陸側に、来たがる理由が分かります。また、ボランティア精神が発達しているので、イスラムの人たちは、仕事をせずに政府からの補助金で暮らしている人が数多く居ます。 それで、親戚を呼び寄せ、政府負担が増え、ヨーロッパの人たちからは逆差別の声があがり、社会問題となっています。

ここにも、イスラムの人たちの、甘えの構造を感じざるを得ません。 職を選ばなければ、必ず仕事は見つけられますし、どうしても嫌なら、国外にでて、イスラム圏内でも良いですから、仕事を見つければ良いだけだと私は思います。 仕事をせずに生活をさせてもらって、文句を言っている姿勢には???です。 

物事は一長一短で、大陸ヨーロッパ側は税金が高いという個人的な問題がありますが、これまた私が出会ったドイツ、フランス、イタリア、スウェーデン、フィンランド、スペイン、ハンガリー、オーストリア、などの人々は、面白い事に100%の人(ほぼではありません、本当に全員)が、税金が高くてもいいから、今の社会システムに満足しており、アメリカ・イギリス・日本型は嫌だと言っていることです。  

私は、日本とヨーロッパの会社に就職し、両方で暮らしましたが、日本社会の方が、大陸ヨーロッパよりはるかにドライで、ギスギスした厳しい社会だという印象を持っています。 

私は、日本も大陸ヨーロッパ型の社会になって欲しいと願っている一人です。

2006/2/17  13:21

投稿者:Renaissancejapan
前述のように、彼女らがイスラム社会に疑問を持っていないという事実はありません。 また、罪なき殺人についても事実ですから、否定のしようはありません。 案外、中国もそうですが、世界の現実は、日本人が思う以上に理不尽な事が行われている事実を知り、認識する事も必要であると思います。また、施しは神に対する善行と考えるのは良いとしても、今回のケースでは、日本が十分な職を提供しなかったという事で、国旗を踏みつけているわけですから、感謝しろという次元の物ではなく、お互い人間同士の接し方として、常識を持てというのが私の意見です。 私の知る限り、宗教による価値観の差ではありません。 このような行動が許されると思うこと自体に、甘えを感じる物であります。 人からの施しを受け、このような非礼な態度をとった場合、同じイスラム同士でやっても大変な事になるでしょう。 よって、それは怖い、たぶん日本人は理性的で、彼らの非礼に対しての暴力などによる報復はないだろうという甘えを感じます。 前回の投稿で、左翼人権主義者がヤクザに向かっていかないのと同じです。 甘えは、どの民族にもあることであり、問題はその程度であると思います。 甘えそのものが悪いと言っているのではなく、その甘えにより善意の施しをしてくれている人(今回の場合は日本)に、非礼な攻撃を仕掛けて来る事に問題があるという意見です。 私は、ヨーロッパ大陸側に住んでいますが、福祉や社会保障が発達しているせいか、あまりドライな物は感じません。 医療・教育費(幼稚園から博士課程まで)は無料で、どんな家庭に生まれた子供でも、平等に健康は守られ、教育も受ける機会が与えられているのは素晴らしい事だと思います。 また、人権意識が発達しているせいか、人の嫌がる事はお互いないような気がします。 欧米といっても、ヨーロッパ大陸側と、アメリカ・イギリスは180度方向が違うので、アングロサクソン社会には、ドライさや孤独の印象は持ちます。 価値観による考え方の違いについては、お互いの理解を深め合う為に、積極的議論が不可欠であると思いますので、今後もコメントお願い申し上げます。
  

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