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2006/2/18


最近、子供を狙った犯罪や、我が子を虐待し死に至らしめるという、従来の日本では考えられなかったような残虐で悲しい事件が多発しています。 何故なのか、考察してみたいと思います。

結論から言うと、無意識の中に祖先崇拝と家を重視してきた日本人の価値観の崩壊と、大衆主義的すぎる文化の蔓延であると思います。

その原因となっているのは、捏造・歪曲がはびこり、オピニオンリーダーとなり得ないマスメディアにあり、特に日本のメディアに携わる人材の能力が著しく低い事に起因していると考えられます。

人類が農耕をはじめる事により、共同作業が必要となり社会が生まれ、穀物は蓄積する事が出来たので、ここから富が発生し、生産の余剰から人々は、飢えから開放され、余った時間を利用して、様々な芸術や文化、また文明が発達してゆきました。 また、同時に富の偏在が生じ、妬みや強奪犯罪も起こり始めました。 また、それがエスカレートし、殺人や戦争にまで発展する場合もあります。

まだ、法律がない社会段階では、人々が安心して暮らす為のルールづくりが必要となります。 その時の、最も強い権力者にそのルールをつくって貰う事は可能でしたが、当然私利私欲のルールをつくる可能性があり、危険性をはらんでいます。  

そうして、その土地に伝わる自然崇拝や伝説を下にして、宗教が発生し、人々が安心して暮らせる規範となってゆきます。 

ここで、理論的に素晴らしい事をいくら述べたところで、刑罰がない限り有効には働きません。 そうして、天変地異や自然災害、疫病などを神の天罰として関連付ける事により、人々を脅し、秩序が保つ事ができるようになりました。

しかしながら、この天罰では犯罪を犯した個人だけに罰を与える事ができず、その民族全体にふりかかる災難です。  そうして、神との約束を破ったら、人類全体とか、その民族全体が罪を負わなければならないという思想が生まれてきます。

しかしながら、やはり悪い事をした個人に罰を与える事も必要となり、個人的にとりつく祟りや、おぞましい悪魔や幽霊という物が考え出され、これに恐怖した人々はルールを守っていくようになります。

すなわち、これらは社会を安定させる為に考え出されたノウハウであります。 社会を安定化させるために仕掛けた権力者側も、人々を本当に信じ込ませる為に、ありとあらゆく手段や知恵を使ったと思います。 これを真に受けて、信じた人もいるでしょうし、信じなくても、その目的を理解し、その知恵を利用していった人もいたでしょう。
  
特に、いくら理論でねじ伏せても、「それがどしたんや」と言ってのけ、いう事を聞かない子供相手には、この悪魔や祟りは、有効な手段であったと思います。  

しかしながら、宗教の天罰ではそれを信じない人や、実際に怖れていても、何もなかったので、「そんなのどうでも良いわ」という人も出てきます。 そこで考え出されたのが、社会的制裁である「村八分」です。 個人的狩猟生活でない限り、この制裁は一家の生死を左右してしまいます。  そうして、家単位で、社会的ルールを守るように、子供を教育をしてゆくようになりました。 

こうなると、ナショナリズムならぬ、家イズムが発生してゆき、一族の行いの積み重ねの信用から、「祖先や家の名誉」という物が発生してゆき、これが大きく社会の安定化に寄与するようになります。

こういった子供や若者を躾けるノウハウが家単位で行われていた物が、核家族化や共働きにより失われてゆき、「子供とは言う事を聞かない物」という事を知らぬ間に忘れてしまい、またそれをコントロールするノウハウが十分に伝わっていないので、昔であれば「そんな悪い事をしたら閻魔さんに酷い目に合わされるよ」といって、子供を諭していく余裕があったのが、家族生活で代々伝わってきたノウハウを知らない親や大人達は、子供と同じレベルにまで成り下がり、すぐに対応できない為に、その場で逆上して犯行に及んでしまっているのではないかと、考察します。

また、しっかりとした見識や思想を持たず、捏造・歪曲、権威を辱めるのにばかり夢中に
なるマスメディアの影響により、特にその傾向が強いイギリスやアメリカ、またそれに追従する日本に於いては、「価値の崩壊」が起こり、従来の価値あるものは全て否定され、本来であれば当たり前の良い事や悪い事区別があやふやとなってしまい、子供への虐待が多くなっているのではないかと思います。 

すなわち、権威や価値あるものを辱める為には、捏造や歪曲が必要になり、別に宗教や民族の価値観とは無関係な部分の、普遍的な善や悪の概念までが、マスメディアによって破壊され、それが、人々の思想に大きく影響しているという事です。 

Abuse(虐待)でWebサイトを調べると、アメリカでの子供の虐待は想像を絶するくらい件数が多いのが分かり、イギリスもヨーロッパの中では数多く、日本も追従していっているのも心配なところです。

また、「価値の崩壊」は、大衆主義をもたらします。 絶対的な価値観を失った人々は、いつも得体の知れない不安に悩まされ、「他人と同じ事」をしたり、「他人と同じ話題」でお喋りすることで、少なくとも他の人と同じである事に安心するようになります。

この大衆社会や大衆文化は、ブームに乗せられ易いという事と同じであり、多分にマスメディアの影響を大きく受ける物であります。  

また、子供への虐待という、あまりにも悲しく、恥ずべき事であっても、何ら辛辣なコメントもなく、ただひつこくこういった情報を垂れ流す事により、大衆主義に陥ってしまっている人々には、ブーム化してしまい、第2、第3の事件が発生してしまっていると考えられます。

また、都会での就職機会が多くなり、隣に誰が住んでいるのかも知れない今日では、「家の名誉や恥」という思想は全くなくなり、この恥ずべき事件に関しても歯止めがかからない原因の一つでしょう。

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2006/4/16  14:47

投稿者:CSKA352
人の良心に訴えるしかない教育には限界が来ているのでしょうか。
人々の結びつきが弱くなっては教育にもならず、メディアは悪い教育に長けています。

聖書では「人が人を支配してこれに害を及ぼした」、「地の人の道はその人に属していない」(つまり人間には自らを治める力も権限もないということ)、「全世界が邪悪な者の支配下にある」(悪魔が存在する)と説明しています。

最初の人間が、蛇となって現れた悪魔のそそのかされて神の支配から自らの意思で独立することを選んだ結果が現在の状態であるというわけです。
もっとも神は自分の支配権の正しさが認める人々のために、適切なときに悪を滅ぼすために行動し「義なる者たちが地を所有し、そこに永久に住むであろう」と聖書の中で予告してもいます。
ご清聴ありがとうございました。さようなら。

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