renaissancejapn@aol.com

2010/9/12

Rothschild-93  アメリカの奇襲攻撃  ロスチャイルド

ドイツとの戦いに苦しむイギリスのチャーチル首相から参戦要求を受けたアメリカのルーズベルト大統領は、A(アメリカ)B(イギリス)C(中国)D(オランダ)包囲網による経済封鎖を受け、ハルノートを突きつけられた日本ですが、これは日本に「 死ね 」といっている内容に等しく、日本は、自らの「 生存権 」を賭けて、アメリカとの戦争を選びました。




1941年(昭和16年)11月26日に、コーデル・ハル国務長官の名前を取った 「 ハルノート 」が日本に突きつけられましたが、アメリカ側は日本が到底受け入れる事ができない事を分かっており、最初から戦争をするつもりで挑発してきた証拠に、

翌日の27日の朝、、ハル・国務長官が、スチムソン・陸軍長官に言った言葉が、

「 私は日米交渉から足を洗った。今や、この問題は貴方とノックス(海軍長官)、すなわち陸海軍の手中に落ちた 」(ベアード『ローズヴェルト大統領と戦争の到来』)




そして、さらに日本を挑発するために、日本の真珠湾攻撃前に、アメリカは日本に対しての宣戦布告もなく、1941年(昭和16年)12月7日12時10分(現地時間)、アメリカ軍は日本の潜水艦を攻撃し、撃沈させています。


すなわち、「 卑怯なだまし討ち : リメンバー・パールハーバー 」 どころか、アメリカ側が先に仕掛けてきているのです。 その証拠資料は、米国海軍ヒューウィット調査機関提出書類75(1945年6月7日)にあります。


「 攻撃を受けた場合を除いて、国民を戦場に送ることはありえない 」 と公言していたルーズベルト大統領ですから、どんな手段を使っても日本からの一発の攻撃が欲しかったわけですが、

ラニカイ号を含む老朽船3隻に星条旗を掲揚させた上で、日本軍艦に接近させ、日本軍艦から先に砲撃してくるよう、挑発をしたりもしたものの、攻撃命令を受けていない日本軍艦は静観するに留まり、先制攻撃を掛ける事はありませんでした。( 米国アナポリス海軍研究所『ラニカイ号の巡洋航海 ── 戦争への挑発』 )


スチムソン・米国陸軍長官の日記よれば、ルーズベルト大統領は、

「 いかに日本を操り、我々の損害は少なくし、いかにして最初の一発を撃たせる様にし向けるかが問題だ、とローズヴェルト大統領は語った。 」


とあり、



1941年12月7日13:30に、日本軍がハワイの 「 真珠湾攻撃 」 の一報が入った時は、大喜びしたそうです。



ハルノート 太平洋戦争
http://www.youtube.com/watch?v=YR4zXcwrGlY&feature=related
アメリカ軍の戦争犯罪
http://www.youtube.com/watch?v=4nxOqeW4nCo&feature=fvw
第二次世界大戦に引きずり込まれる日本 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1188.html
日独伊三国同盟 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1189.html
オレンジ計画 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1185.html



大東亜戦争の真実
http://www.youtube.com/watch?v=UdpaTT5EYI0&feature=fvw
封印された動画
http://www.youtube.com/watch?v=l2o5ce90Zh0&feature=related







------------------------------------------------------------------------














5

2010/9/12  17:59

投稿者:Nishitatsu1234

※投稿されたコメントは管理人の承認後反映されます。

コメントを書く

名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ