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2006/2/19

イスラム教の問題点-2  宗教・思想・哲学・文学・芸術

イスラム教の女性差別について考えていきたいと思います。


「男は女の保護者である。それは、アッラーが、男を女より強くして、自分の財産で、女を養うためである。女は従順に男の留守を守りる。女が不従順であったり、素行不良の場合は、これを諭し、それでも効果が無ければ、寝室に閉じ込め、それでも効果がなければ、たたきなさい。(女性への暴力を働いてもよい)。それで、言う事をきけば、それ以上はしてはならない。」 コーラン


イスラムの教えで、妻を4人まで娶る事ができるのは、戦争の際に未亡人となった女性の救済策だと、ポジティブに我々日本人は教えられていますが、私が語学学校で知り合ったイスラム女性の意見では、それは身勝手な男の論理であると聞きました。

どういう事かというと、そのロジックであるならば、別に4人という制限をつける必要がなく、真剣に女性の生活保護を考えているならばイスラム社会が、醜いまでに酷い女性差別をやめて、女性の社会進出を促進したり、イスラム社会や国家がサポートすべきものだという論理です。 

4人と決める事に、やはり何がしかの倫理的なひけ目を感じた事があったのだろうという事でした。 また、聖戦で略奪した、異教徒女性の性奴隷は、何人持っても良いという事を見ても、とても女性の事を真剣に考えたものではなく、男性の性欲を満たす為の、身勝手な決まり事は自明です。

ムハンマドは、神のお告げで、4人の妻までは認めていましたが、自分には制限をつけませんでした。 後に、神のお告げがあり、9人までとなるのですが、何のことはない、その時点で自分は9人の妻を持っていただけの話です。

偉く馬鹿らしく、些細な事に、いちいちお告げをする神様にも呆れますが、そんな宗教を有り難がる人たちも、どうかしていると思います。 


私は、宗教は信じておりませんが、無くしてしまえという意見も持ちません。 信仰により、社会の安定化が図られ、人々の精神を癒してくれるなら、それはそれで価値があるじゃないかという意見ですが、このイスラム教の暴力性と、女性に対する差別には、辟易とする物があります。

少なくともこの2つの問題に関して、改革して欲しいものだと思います。


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2006/2/22  5:58

投稿者:Renaissancejapan
2003年にノーベル平和賞をもらったイラン人女性のシーリーン・エバーディーさんは、イスラム社会の女性と子供を虐待から守る活動の、その先鋒にたっている弁護士ですが、大学教授でも有り、西側社会の上層部からも支援があるからできる話です。 それでも彼女は何回も、不法逮捕され投獄されています。 普通の女性が立ち上がったら、外と戦う以前に、家の内の、爺さん、夫、息子に殴られ、それでも言う事を聞かないと、名誉の殺人で、爺さんらはヒーローで終わりでしょう。  政治レベルでは、トルコやエジプトも西洋近代化を100年ほど前から試みていますが、イスラム集団から暗殺の憂き目に会って、挫折しているケースが多いです。 イスラム教は歴史もあり、信者も多いので、そう簡単になくなるものでもなく、改革は今後も困難を極めると思います。 あえて、大きな転機があるとしたら、話し合いで思想が変わるのではなく、経済破綻で生きていけなくなり、何がしかの改革をせざるを得ない時だと思います。 もう、その時期は近づいていると思います、冷戦で共産党陣営が総崩れしていったような物を、私はイメージしています。

それ以前に、コーランの事も十分勉強せず、彼らとも接触した事もないアホな日本人が、イスラム教は寛大な宗教だと言っていたり、本にまで書いているのを見ると笑えます。 シーリーン・エバーディーさんもやってられないでしょう。

今まで戦っていても、イスラム教に改信した人には、寛大に迎えてあげましょうというのを勘違いしているのです。 そうでない人達には、コーランには、不信心者の首を切れ、身代金を取れと書いてあり、イラクでも証明されている通り。 イスラム原理者が特別なのではなく、これがイスラム教なのです。 

ただイスラム内でも、西洋化や現代社会に対応してゆく為に、拡大解釈して、このような野蛮な事は一般にやっていないというだけなので、実際は矛盾であり、コーランを改正する必要があると思います。

2006/2/21  9:29

投稿者:望郷の月
Japanさん 彼らは、嫌悪しながら何故改宗しないのでしょう?何故、立ち上がらず、諦め切っているのでしょう?モスリムの未来のために、命がけで立ち上がるモスリムがどうして生まれないのかそこが大変不思議であります。
内側から立ち上がるものがいないのに、部外者が改革することができるものなのでしょうか。政治的圧力を掛けて改革を促そうとしても、内側にやる気が無ければ失敗に終わるどころか逆恨みされるのではないでしょうか。それこそ、犬死ではないでしょうか。
いつか改革の機が、内側から熟す時が来るのでしょうか・・。

2006/2/21  7:10

投稿者:Renaissancejapan
私が語学学校で知りあった、イスラムの人達(トルコ、イラン、チェチェン、コソボ、アルメニア、アフリカ諸国、etc)は、全員イスラム教で、キリスト教に改宗している人はいませんでした。 彼らの職業は、運転手や看護婦さんが多かったです。 アフリカから留学に来ている学生は、親は政府役人といっていたので、エリートだと思いますが、酒も飲むし、何でも食べるし、女遊びもするし、あまり真面目なイスラム教徒とは思えませんでした。 日本人も仏教の戒律を守っていないから、人のことは言えませんが・・・。 女性も、我々と話すときは、イスラムの悪口を言いますが、自分が何とかしようとしている人には出会ったことはありません。 諦めていて、割り切っていると思います。 私の友人の外交官がジュネーブにいた時に言っていましたが、街中のキャバレーがイスラムの団体に占領された事があるらしいです。 私も、ヨーロッパの街で、集団で女をはべらし、何でも食べながら酒を飲む、イスラムのお金持ち集団を見ることは良くあります。

ほとんどのイスラム教徒は貧困にあえぎ、女性は虐待されている中、このような腐敗した金持ち上層部を見ると、何だかなあという気分になります。

しかしながら、これまた日本人男性も、人の事はいえず、私も仕事の付き合い上、京都の金髪女性のいるクラブに行く事があるのですが(カラオケ・ディスコもありますが、ただお酒を飲んで会話するだけ)、坊さんが袈裟を着たまま遊んでいるのを毎回見ます。 私は、日本に出張に行ったときしか行きませんから、凄い確率だと思います。 袈裟を着て女遊びするのだけは辞めて欲しいと思っています。 どこの国も宗教界は、ダメでしょう。 ヨーロッパと日本にあるキリスト教関係者は、清貧と慈愛の精神で、けっこう真面目に活動しているように見えますが・・・。

一句
高い戒名売りつけて、ロシアンバーに通うクソ坊主

2006/2/20  10:06

投稿者:望郷の月
以下のご意見には全く同意いたします
>私は、宗教は信じておりませんが、無くしてしまえという意見も持ちません。 信仰により、社会の安定化が図られ、人々の精神を癒してくれるなら、それはそれで価値があるじゃないかという意見です

先ほど宗教改革をする必要性と申しましたが、改革も外からではなく、内側からの改革を望ましく思っています。しかし、なぜ、イスラム教に嫌悪を覚えたヨーロッパ渡航組みの、特にエリート層は、命がけで改革をしようとしないのでしょう?この点は、真に不思議です。公共心や向上心というのがもともとあまりないのでしょうか?
Japanさんの身近におられるイスラム教を嫌悪する渡航組みは、国も同胞も宗教も見放し、改宗もしておられるのですか?

しかし、まぁ、宗教云々の前に、刑罰があろうがなかろうが、自分の思うようにならなければ、自分より腕力のない者に暴力を振るう輩は、世界中どこにでも同じようにいて、被害者に最もなり易く、服従を強いられているのは、大抵、女子供ですよね・・・。


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