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2006/2/25

トルコ共和国  国際政治・金融・企業

第一次世界大戦で、ドイツ・オーストリア側についたオスマン帝国は、フランス・イギリス・ソ連・イタリアなどの連合軍に敗北し、セーヴル条約を結びました。 これにより、広大な領土を失う事になりました。

しかしながら、オスマン帝国にとってあまりに厳しい内容であった為、激しい抵抗もあり、新しくローザンヌ条約を結び直し、オスマン帝国は滅亡し、今日のトルコ共和国ができました。 

ローザンヌはスイスのレマン湖沿いにある美しい街で、今ホットなオリンピックの連盟本部があるところです。
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/47.html


トルコ共和国の特徴は、憲法でイスラム教を国教とする条項を削除したことで、イスラム社会ではじめて、政教分離がなされた、近代国家であるという事です。 そうして、ようやく本当の近代化が進められ、現在では多くのヨーロッパ資本や、日本からの資本も投資され、急成長をとげている将来性豊かな国家となりました。

また、親日国家である事としても知られており、1890年に和歌山沖で遭難したオスマン帝国のエルトゥールル号の69名を、和歌山の人たちが救助した事を、いまだに覚えてくれており、フセインによる日本人イラク人質事件の時にも、猪木議員が日本人人質を救出したとき、国内外の航空会社には断られましたが、トルコの航空会社が飛行機を出してくれたと記憶しています。 また、ロシアを破ったり、アメリカと戦ったり、白人支配の世界に風穴を明け、科学技術や経済では彼らを凌ぎ、高い文明を持つ有色人種の日本人から元気づけられる物もあるのだと思います。



第一次世界大戦で、ドイツ・オーストリア側についたオスマン帝国は、フランス・イギリス・ソ連・イタリアなどの連合軍に敗北し、1920年8月10日に、パリ郊外のセーヴルで条約を結びました。 

セーヴル条約の内容とは、
   1)帝国の財政は、イギリス、フランス、イタリアが決定権を持つ。
   2)アラビア半島におけるヒジャーズ王国の独立を認める。    
   3)イラク・パレスチナは、イギリスの委任統治下におかれる。
   4)レバノン・シリアは、フランスの委任統治下におかれる。
   5)エジプトはイギリスの保護下に入る。
   6)モロッコ・チュニジアは、フランスの保護下に入る。
   7)アルメニアの独立容認。
   8)イスタンブールとその近辺を除く東トラキアは、ギリシアに割譲。
   9)小アジア、イズミル地方は、ギリシアの行政権下に入る。
   10)マラシュ・ウルファ・アンテプ州はフランスが支配。
   11)コンヤ・バルクエスイルを結ぶ線以南のアナトリア南西部は、イタリアが支配
   12)オスマン帝国海軍は、5万700人以下まで軍備縮小
   13)ボスポラス海峡は国際機関「海峡委員会」におかれる   

と、厳しい物で、オスマン帝国は、広大な領地を失いました。 

この条約を締結したオスマン政府(イスタンブール政府)に対し、共和制派のアンカラ政府は、この条約に反対しました。

この条約後に、さらに領土を広げようとしてギリシアがアンカラまで迫りますが、ケマル総司令官率いるトルコ軍がこれを打ち破り、ギリシアと休戦条約を結びました。 この激しいトルコ軍の抵抗を見て、連合国側はセーヴル条約の履行を諦め、再び交渉の席に着くことになります。 

ローザンヌでの7ケ月に及ぶ会議の後、トルコ(アンカラ政府)とイギリス、フランス、イタリア、日本、ギリシア、ルーマニア、ユーゴスラビアの間で、ローザンヌ条約が1923年に調印されました。 この条約により、現在のトルコ領が決められ、賠償金も大幅な減額となり、その支払いもトルコが経済回復するまで延期となり、トルコは再び発展してゆけるようになりました。

第一次世界大戦後、国際連盟ができ、1920年に国際連盟の常任理事国となった日本ですが、白人支配の世界を脅かすものとして、オスマン帝国を潰したヨーロッパ列強や、アメリカは、次のターゲットとして、日本を潰す為の罠を仕掛けてくる事になります。

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