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2010/12/5

邪馬台国と卑弥呼-17  稲作と桜  邪馬台国と卑弥呼
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桜  バラ科サクラ属サクラ亜属
http://www.youtube.com/watch?v=NxC4BUKJYtc&feature=youtube_gdata_player


日本人にとっては、桜信仰と呼んでも良いほど好まれる桜の花ですが、原産地は西アジアからヒマラヤとされているものの、日本でも数百万年前から生息していることが分かっており、日本では固有種・交配種を含めると600種以上の桜が自生しています。


桜の語源は、天孫降臨した邇邇芸命(ニニギノミコト)が娶った美人の木花之開耶媛命(コノハナサクヤヒメ)からきており、木花は桜だけを意味するともされています。 サクヤ=サクラとするようです。 また、春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)という説もあります。 


桜は、葉と同時にいきなり花が咲き、すぐ散りますが、これが日本人が好む潔よさ、原色ではなく淡い色の可愛さを好み、また美しくはかないものに心を打たれる日本人の精神性に影響を与えています。  


美しい花はいくらでもあり、もっと長く咲くものもあるのに、何故に日本人にとっては桜なのでしょうか。  


それは、稲作と関係があり、4月の初め頃にいきなり咲き、すぐに散ってしまう桜は、桜の開花が稲作開始時期と知るために使われてきたからで、ですから日本全国に植樹されているのは、「瑞穂の国」の祭祀を司る天皇のノウハウと考えられ、

日本の学校や会社の会計年度も4月が開始となっているのも、桜が咲く時期に稲作を初め、仕事の1年が始まると考えたからだと思われます。





大山祇神(オオヤマヅミノカミ)の娘として誕生した木花開耶媛命は、その名がしめすように木の花のように美しい女神で、木の花とは、桜のことを意味しています。

天孫降臨で日向へと天下った瓊瓊杵尊があるとき、笠沙の岬を歩いていると美しい娘を見かけました。  この娘こそ木花開耶媛命であり、女神に一目ぼれした瓊瓊杵尊は彼女に求婚します。


ニニギノミコトとコ ノハナサクヤヒメ
http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=yBII3bPaEYM


自分では判断出来ないと、木花開耶媛命は父である大山祇神に相談したところ大いに喜ばれ、姉である岩長比売命(イワナガヒメノミコト)と一緒に嫁がせました。

しかし、妹に比べて見た目が醜悪であった岩長比売命は返されてしまいました。


これに対し大山祇神は、 「 娘2人を送ったのには意味がある、木の花のように栄え、岩のように長く繁栄するようにとの願いをこめてだったのだが。 妹だけを娶り、姉を返されたのでは、その寿命は花の様に短いだろう。 」 と嘆きました。


今でも天皇家の寿命が短いのは、そのせいだとされており、また桜の美しくはかなさも重ね合わせています。


木花開耶媛命はやがて瓊瓊杵尊の子を身ごもりました。


しかし、たった一夜で子供が出来たことを不審に思った瓊瓊杵尊は、それは自分の子供ではないのではないか?と問いました。

これを聞いた木花開耶媛命は 「 他の神の子(国津神)ならば無事には生まれません。あなたの子(天津神)ならば無事に生まれます。 」 と言い、出産という時に出入り口の無い、八尋殿という産屋をに入り火をつけ、炎の中で子供を生みました。

この時誕生したのが、火照命(ホデリノミコト),火須勢理命(ホスセリノミコト),火遠理命(ホオリノミコト)の3神で、火照命は後の海幸彦、火遠理命は後の山幸彦となり、山幸彦は神武天皇の祖父に当たります。


ここで、産屋に火をつけて子供を産むというのは、最初に伝来した稲作は、焼畑による陸田栽培であり、子供の名前に「ホ」つまり稲穂の字が入っているのは、海人と稲作文化の繋がりと示していると考えるべきでしょう。   決して、木花開耶媛命のヒステリーではありません。




--------------------------- 大山祇神 ----------------------------


また、木花開耶媛命の父である大山祇神は、伊予水軍(越智・村上水軍)のメッカ、愛媛県今治市にある大山祇神社に祀られているご祭神で、日本全国の山を管理する総責任者です。

大山祇神社は、全国の国宝・重文指定の8割を占める財宝を所蔵する、国宝の神社である。尚、大山祇神を祀る神社で全国に鎮座される御分社の数は、1万318社を数えるとされており(昭和47年8月神社本庁調べ)、日ユ同祖論でいつも話題になる、神様との一人相撲(=ヤコブと神様の相撲)でも有名です。



相撲は古代イスラエルの神事だった
http://www.youtube.com/watch?v=U9NqwW6Bka8
大山祇神社抜穂祭 一人相撲(四股、名乗り)
http://www.youtube.com/watch?v=0I_P4-6OPrA&feature=related
大山祇神社抜穂祭 一人相撲二番・三番勝負
http://www.youtube.com/watch?v=LfHBUM0mnG4&feature=related



いうまでもありませんが、大山祇神は天津系(天孫族)で、私の解釈では天(アマ)=海(アマ)で、中国南部から海を渡り、鹿児島・宮崎に着いた、稲作と漁業をなりわいとする海人族であると考えています。


天皇制を確立した天武天皇の即位前の名前が「大海人皇子(おおあまのみこ)」で、天皇は天文学や暦に通じ、高度な稲作技術を持ち、民を飢えから救う稲作の祭祀王なのですから、日本を建国した天皇は、稲作と漁業をなりわいとする海洋民族である事は間違いありません。




稲作伝来
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1247.html
邪馬台国と卑弥呼-6  新嘗祭 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1253.html




大山祇神社がある位置が、瀬戸内海であることからも、新羅征伐を終えた神功皇后が、まだ幼い応神天皇を抱き、武内宿禰(=住吉明神=浦島太郎)に導かれて、ヤマトで反乱を起こした忍熊王を倒すために東征したときにも、同じ天津系(海津系)同士の大山祇神は神功皇后をサポートしたに違いありません。




邪馬台国と卑弥呼-8  神功皇后と台与 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1255.html
邪馬台国と卑弥呼-7  武内宿禰(たけうちのすくね) 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1254.html 
邪馬台国と卑弥呼-9  住吉大社
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1256.html





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