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2010/12/29

邪馬台国と卑弥呼-39  素戔嗚尊と祇園社  邪馬台国と卑弥呼
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八坂神社境内にある疫神社  蘇民将来が祀られている


このお正月に、祇園にある八坂神社に初詣に行かれる方も多いと思いますが、ここには牛頭天王(スサノオ)が祀られています。

八坂神社は、もとは「祇園社」と呼ばれていました。 西暦868年に疫神社の脇に祇園寺として建立したのが始まりで、疫病退散を祈願したのが祇園祭です。



日本とユダヤ1/3
http://www.youtube.com/watch?v=00BP86cks4w&feature=related
日本とユダヤ2/3 
→ 祇園祭山鉾連合会会長がユダヤの祭りがルーツである事を認めている
http://www.youtube.com/watch?v=4uVVrePl9e8&feature=related
日本とユダヤ3/3
http://www.youtube.com/watch?v=xoowLHXVTvI&feature=related


    


祇園とは、インドの須達長者が釈迦のために建てた、祇園精舎の略で、その守護神が牛頭天王でありました。  牛頭は、インドの「牛頭山」からきており、形が牛の頭に似ているからで、この山からは多くの薬草が採れたのです。

そこで、牛頭天王は疫病から人々を守る神と信仰されるようになりました。 この牛頭天王が中国に伝わり、道教のフィルターを通って、日本に伝わりました。

牛頭天王がスサノオとつながったのは、最も古い記録は「備後国風土記」逸文の蘇民将来で、次のような逸話が残されています。


-------------------------------- 蘇民将来 -------------------------------

その昔、武塔の神が、この地を訪れたとき、日が暮れてしまい、二人の「将来」という者のところに宿を乞いました。  金持ちの弟は断り、貧しい兄の蘇民将来はもてなしてくれました。

何年かして、武塔の神は再びやってきて、蘇民将来の娘達に、「茅の輪を腰に巻け」と教え、茅の輪をつけていない者を皆殺しにしてしまいました。

武塔の神は、自分がスサノオであること、後に疫病が流行ったら、蘇民将来の子孫と名乗り、茅の輪を腰に巻けば、病魔から救われるであろうと言ったとされています。


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武塔の神は、牛頭天王と同一とされる神で、「備後国風土記」逸文が平安時代に書かれたものとされているので、スサノオと牛頭天王のつながりも、この時期からと考えられています。

平安時代は、神道と仏教が混じり合ってゆく時代で、怨霊を恐れる御霊信仰もさかんになり、守り神として、強い神が求められ、インドの仏教の神である牛頭天王と、神道のスサノオが重ねられていったのだとされています。



祇園祭 山鉾巡行
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/928.html
八坂神社
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1037.html
邪馬台国と卑弥呼-33  素戔嗚尊(スサノオノミコト)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1280.html
邪馬台国と卑弥呼-23  日本人新羅王 脱解王
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1270.html



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