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2010/12/30

邪馬台国と卑弥呼-40  大物主大神  邪馬台国と卑弥呼
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三輪山と大神神社   奈良県桜井市三輪


今日でも本殿をもたず、拝殿から三輪山自体を神体として仰ぎ見る原始神道の形態を残し、自然を崇拝するアニミズムの特色が認められるため、縄文時代から三輪山信仰があったとされる大神神社ですが、ここには大物主大神が祀られています。

大物主大神は、古代最強の豪族、物部氏の始祖である饒速日命(ニギハヤヒノミコト)であると考えられます。  饒速日命は、素戔嗚尊と奇稲田姫の間に生まれた5男です。



------------------------------- 饒速日命 ---------------------------------

日本書紀には、次のような記述があります。

神武天皇がまだ日向にいる頃、

「 東に美しい国があって、その中に天の磐船に乗って、降臨したものが既にいる。 その名はニギハヤヒというらしい。 私もかの地に行って、都をつくってみたい 」

といって、神武天皇は東征に向かいました。



すなわち、ヤマトには天皇以前に支配者がいて、天皇家は南九州から近畿地方に来た事を、明確に記しています。



---------------------------- 天(海)照大御神 --------------------------------

三輪山は、蛇と太陽信仰で知られていますが、陰陽では、太陽は男性であり、天照大御神は本来、大物主大神であると考えられます。 

出雲地方には、秋に南洋から流れ着いたセグロウミヘビを神様として祀る(蛭子信仰)風習があり、佐太神社などには、海を照らしながら訪れる海蛇を祭る風習があります。 


邪馬台国と卑弥呼-31  苗族の結婚と日本神話
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1278.html


三輪山に祭られた大物主神が海面を照らしながら、この世にやってきたとする神話がありますが、これはセグロウミヘビの腹は黄金色に輝き、海面を泳いでやってくる事を表しています。  

そして、天(あま)照大御神は、もともとは、海照(あま)大御神であったと考えられるのです。  


邪馬台国と卑弥呼-35  海照大神 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1282.html
邪馬台国と卑弥呼-26  蛇信仰
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1273.html


すなわち、この大物主大神はじめ、饒速日命や物部一族は、出雲系であると考えられます。



-------------------------------- 倭人と海人 ------------------------------

山陰・北陸地方も、稲作と漁業をなりわいとする中国の江南地方の海人族の、風習が強く残っており、この海人俗が稲作を日本に伝えたと考えられ、特に、日本人の祖とされる苗族は呉・越をつくりましたが、広島の呉、新潟地方の越、また稲作に関係ある苗の文字もそれを表しています。


実は、出雲族も海人族であり、海流に乗って中国南部から、南九州に着き(天孫降臨)、さらに北九州、朝鮮南部に渡ってきた人たちが倭をつくっており、倭国とは北九州と朝鮮南部一帯の文化圏の事です。

そして、九州南部からは、黒潮にのって、紀伊半島から渥美半島、そして関東や東北まで、
九州北部からは瀬戸内海を渡り大阪まで、九州北部からは対馬海流に乗り、出雲や新潟地方にまで、船をつかって稲作は伝わりました。



稲作伝来
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1247.html
邪馬台国と卑弥呼-24  稲作と海人族 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1271.html
邪馬台国と卑弥呼-25  苗(みゃお)族
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1272.html
邪馬台国と卑弥呼-32  安曇(あずみ)氏
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1279.html
邪馬台国と卑弥呼-34  苗族と鹿信仰 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1281.html
邪馬台国と卑弥呼-36  犬頭人
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1283.html
邪馬台国と卑弥呼-37  苗族の闘牛
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1284.html


古代日本で、最大の勢力をもっていたのは、出雲豪族で、北九州や朝鮮半島に向かうときには、瀬戸内ルートを使う航路の方が安全であるため、北陸地方から琵琶湖を渡り、三輪山にまでやってきたのだと思います。


昔は、大阪(難波)は海に浸かっており、この奈良から大和川をつかって、出雲系物部一族は瀬戸内海航路をおさえていたと考えられますが、今度は逆に瀬戸内航路をつかって、邪馬台国、大和朝廷一族=天皇家に、逆に支配されてしまったのでしょう。




5

2011/10/26  16:36

投稿者:SirMurai
三輪山と大神神社の素敵な神々しい写真、明日、お借りします。よろしくお願いします。





http://sirmurai.cocolog-nifty.com/chible/

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