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2010/12/31

邪馬台国と卑弥呼-42  大国主命  邪馬台国と卑弥呼
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大黒天


大黒天(だいこくてん)とは、ヒンドゥー教のシヴァ神の化身であるマハーカーラ(摩訶迦羅など)のことですが、大国という読みから、神道の神道の大国主命と神仏習合した日本独自の神となっています。  

当初は破壊と豊穣の神として信仰されましたが、後に豊穣の面が残り、七福神の一柱の大黒様として知られる食物・財福を司る神となりました。

ちなみに、大黒(国)様の姿は、男性器を表しており、2つの米俵は睾丸を、帽子は亀頭、袋は睾丸袋、これは三輪山の蛇信仰とつながり、大黒様の袋は、大国主命がもっていた袋(身分の低い荷物運び:大国主命は兄達の荷物を運ばされていた)と同じです。


邪馬台国と卑弥呼-35  海照大神 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1282.html
邪馬台国と卑弥呼-26  蛇信仰
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1273.html




大穴牟遅命(=大国主)は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)から、さまざまな試練をスサノオから与えられた後、スサノオの娘である須世理姫(スセリヒメ)と結婚が許され、スサノオは、大穴牟遅命(オオアナモチ)に大国主神の名を与え、須勢理毘売命を本妻とするよう告げたました。


邪馬台国と卑弥呼-33  素戔嗚尊(スサノオノミコト) 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1280.html


出雲を建国したスサノオの後を継ぎ、大きく発展させたのが大国主命です。  しかし、その後、大和朝廷に国譲りをすることになります。


豊饒をあらわす、大黒天と重ねあわされるだけあって、大国主命は大変な艶福家であり、多くの女性と結婚し、日本書紀には、その子供の数は181神もいたことが記されており、この艶福・豊穣な性格が、出雲大社の縁結びの神として祀られる所以であります。



また、大国主命には、様々な名前がありますが、これは大和朝廷の力が及ぶ前に、既に地元に浸透していた地方の豪族が祀っていた神々の名であり、地方豪族への配慮であると考えられます。  すなわち、これらの神社に、立派な大国主命の名を与える事により、地元を納得させ、支配したのでしょう。

キリスト教会もそうですが、神社も地方行政機関の役割があり、租税を逃れるために、子供が出来ても申告しないケースがあるので、生死に関する祭祀を強化し、宗教機関である神社に管理させていたのだと思います。




                 大国主命の別名


大国主神(おおくにぬしのかみ) - 大国を治める帝王の意
大穴牟遅神・大穴持命(おおあなもち)・大己貴命(おほなむち) - 大国主の若い頃の名前
大汝命(おほなむち)-『播磨国風土記』での呼称
大名持神(おおなもち)
八千矛神(やちほこ) - 矛は武力の象徴で、武神としての性格を表す
葦原醜男・葦原色許男神(あしはらしこを) - 「しこを」は強い男の意で、武神としての性格を表す
大物主神(おおものぬし)
大國魂大神(おほくにたま)
顕国玉神・宇都志国玉神(うつしくにたま)
国作大己貴命(くにつくりおほなむち)・伊和大神(いわおほかみ)伊和神社主神-『播磨国風土記』での呼称
所造天下大神(あめのしたつくらししおほかみ)- 『出雲国風土記』における尊称
幽冥主宰大神 (かくりごとしろしめすおおかみ)
 



大黒と恵比寿は、七福神のそれぞれ一柱ですが、ニ柱で一組で祭られる事が多くありますが、恵比寿は大国主命の子供の事代主(ことしろぬし)と習合され、大黒が五穀豊穣の農業の神である面と恵比寿が大漁追福の漁業の神である事からきているのだと思います。



邪馬台国と卑弥呼-31  苗族の結婚と日本神話 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1278.html






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