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2011/1/22

邪馬台国と卑弥呼-64  阿波 多祁御奈刀弥神社   邪馬台国と卑弥呼
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多祁御奈刀弥(たけみなとみ)神社    徳島県名西郡石井町諏訪213−1
http://www.genbu.net/data/awa2/minatomi_title.htm



この多祁御奈刀弥神社のご祭神は、建御名方命(たけみなかたのみこと)で、地元ではこの神社は、「諏訪大明神」「お諏訪さん」「元諏訪」「諏訪大社元宮」と呼ばれているそうです。

出雲神話の国譲りで、高天原からの使いで、建御雷命(たけみかずちのみこと)が、葦原中ツ国を譲るよう要求してきます。 大国主命は、二人の子供に意見を聞きますが、事代主神(ことしろぬしのかみ)は国譲りに承諾しますが、もうひとりの息子、建御名方命(たけみなかたのみこと)は反対します。 そこで、建御名方命と武甕槌神の間で力競べが行われ、オオクニヌシの息子が敗れてしまいます。そのために、とうとう国譲りが実行されるのです。 敗れた建御名方命は諏訪まで逃げ、その地に引き籠もって諏訪神社の祭神になったとされています。


一般論では、諏訪大社の建御名方命は、国譲りの後、出雲から諏訪に移ったとされていますが、多祁御奈刀弥神社の社伝では、「諏訪大社は当社から宝亀10年(779年)に移遷された」
とあります。  

そして、これを裏付けるかのように、不思議な事は、事代主神の名を冠した式内社は、出雲や島根には一社もなく、徳島にしかないようなのです。 


事代主神社
http://www.genbu.net/data/awa2/kotosiro_title.htm
 

この神社のある地名の諏訪も意味ありげですし、徳島市や名西郡辺りの地名は、昔は名方郡だったようで、まさしく建御名方命は、この地の人であった可能性が高いことが分かりませす。
 



「阿府誌」には、「タケミナカタ神社は、阿波の諏訪村にあり、諏訪大明神となり、大己貴命(大国主)の子なり。 御母は阿波の高志の沼河比売(ぬなかわひめ)なり」とあり、

社伝記の宝亀10年の記録に、信濃国諏訪郡南方刀美神社明神大には、「阿波国諏訪大明神を移遷し奉る。」 と記されています。



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実は、「出雲神話」の主役たる建御名方命は「日本書紀」には見えず、「古事記」の大国主神の系図にも記されておらず、後世に「出雲神話」に挿入されたと考えられているようなのです。  出雲地方の方々には、申し訳ないのですが、事実のようです。


私は、邪馬台国畿内説の論者ですが、どうも古代阿波はひっかっかてくるものがあり、まだ阿波の位置づけをどう考えればよいのか、頭の中で整理がついておりません。





邪馬台国と卑弥呼-62  邪馬台国 阿波説
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1310.html
邪馬台国と卑弥呼-63  阿波 伊射奈美(いざなみ)神社 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1311.html


剣山アーク伝説高画質版
http://www.youtube.com/watch?v=Jy_9ZQvilZ8&feature=player_embedded#!


邪馬台国「四国・徳島」説 1/4
http://www.youtube.com/watch?v=O3fHE7Kn4Qc&feature=player_embedded 
邪馬台国「四国・徳島」説 2/4
http://www.youtube.com/watch?v=EI_4166yzs0&feature=related
邪馬台国「四国・徳島」説 3/4
http://www.youtube.com/watch?v=yna36RS39c0&feature=related
邪馬台国「四国・徳島」説 4/4
http://www.youtube.com/watch?v=geNulpaiBNw&feature=related




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林博章先生の最新刊「倭国創生と阿波忌部」は、Amazon.comでは扱っていないようですが、5000円だそうなので、購入先は自分で見つけてください。



   



33

2011/1/23  21:46

投稿者:しゃしゃぶ
30数年前に、阿波説の事は知っていました。
でも畿内や九州説が有力視されており、一笑されて来ましたが、私はずっと阿波では無いかと思って来ました。

阿波の古い地名等も不思議で、とても興味深いです。
もし阿波で無かったとしても、強い関わりがある地だと思っています。

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