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2011/2/13

邪馬台国と卑弥呼-80  草薙の剣 と 熱田神宮  邪馬台国と卑弥呼
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熱田神宮 本宮   愛知県名古屋市熱田区神宮1−1−1
http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/


三種の神器のうちの一つである草薙の剣が祀られている熱田神宮ですが、ご存知のとおり、この剣は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲で倒した八岐大蛇(やまたのおろち)の尾から出てきたものです。 どういういきさつで、この剣が熱田神宮に祀られているのでしょうか。


天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ=草薙の剣)は、素戔嗚尊が天照大御神に献上しますが、日本書紀によれば、天照大御神が瓊々杵命(ににぎのみこと)を地上に降臨させた際、三種の神器を瓊々杵命に授けたと記されています。

その後、天叢雲剣は景行天皇のときに、伊勢神宮の祭祀に当たった倭姫命(やまとひめのみこと)の持ち物となりますが、  

これは、祟神天皇の時代に、天照大御神が宮中から笠縫村(かさぬいむら)に移られ、天照大御神の祭りにあたった倭姫命が、天照大御神の社を拡大して、伊勢神宮を設けたおりに、神剣と共に伊勢に移動したからであります。



邪馬台国と卑弥呼-59  伊勢神宮-1
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1307.html
邪馬台国と卑弥呼-60  伊勢神宮-2
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1308.html
邪馬台国と卑弥呼-61  伊勢神宮-3 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1309.html



父である景行天皇から東国遠征を命じられた、日本武尊(やまとたけるのみこと)は、伊勢神宮によりますが、そのとき伊勢の祭祀にあたっていた倭姫命は、日本武尊に神剣と火打石が入った袋を与え、それらをお守りするように命じました。


日本武尊が、悪者に騙され、草原に連れ込まれ、火を放たれたとき、日本武尊は剣で周囲の草を刈って積み、火打石で火をつけます。 

これは迎え火といって、広い野原で火事にあったとき、自分のそばで火をたくと風が起こり、火を反対方向に押し流すもので、これにより悪者たちは煙に巻かれで死んでしまい、日本武尊は助かりました。


これにちなんで、天叢雲剣は 「 草薙の剣 」 と呼ばれるようになります。


日本武尊は、東国を鎮めると尾張に戻り、そこで美夜受比売(みやずひめ)という美女と恋仲となり、   

この時、近くの農民に、伊吹山の悪神を退治して欲しいと頼まれますが、日本武尊は山の神など素手で十分だとあなどり、剣を姫の下に置き、伊吹山に向かいます。


しかしながら、ここで山の神の祟りにあって、日本武尊は亡くなりました。



日本武尊の亡き後、美夜受比売(みやずひめ=宮簀姫)の一族が、熱田神宮を建てて、草薙の剣を祀り、今でも三種の神器の一つである 「 草薙の剣 」 は、熱田神宮に祀られています。




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