renaissancejapn@aol.com

2006/3/10

青色LED  科学技術

世紀の発明、実用化可能なGaN系の青色LEDを世界で最初に発明したのは、京都大学卒業後、松下電器に勤め、現在は名城大学理工学部教授、名古屋大学名誉教授の赤崎勇です。 

中村修二は、この赤崎勇の基礎研究成果を下に、製造装置の改良などにより、当時の日亜化学勤務時代に、世界で初めて実用化に成功した人です。


どちらの研究者の功績も、大なる物ですが、中村修二の青色LEDの実用化により、赤崎勇のノーベル賞受賞が、エレクトロニクス業界で噂されています。


青色LED真の発明者 赤崎勇
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1485.html




-----------------------------------LED-----------------------------------

電圧を加えると、発光する半導体素子であるLED(Light Emitting Diode)は、1962年にイリノイ大学のニックホロアックにより開発されました。

LEDの代表的な材料は、GaAsやGaAsPなどの結晶で、これらの結晶の種類や、その結晶にドーピングされる材料により、様々な色の光が得られます。

例えば、赤色ならGaAs、赤色から黄色はGaAsPでPの含有量によって調節します。 また、GaPにZnやO2をドーピングしても赤色は得られ、GaPにNドーピングで赤色から黄色、GaAsP/GaPでは緑色の光が得られます。


------------------------------- 青色LED ----------------------------------

1970年代から80年代にかけて、青色LEDの研究は、SiC、ZnSe、GaNの材料を中心に、世界で進められました。  しかし、SiCはPN接合は出来ているものの、バンド構造の問題から、強い光を出す事は期待できませんでした。 ZnSeとGaNはPN接合ができておらず、結晶の作り易さの観点から、世界中の多くの研究者はZnSeを中心に研究を進めました。

しかしながら、GaNは硬くて丈夫で、しかも熱伝導性が良いという点で優れており、もし問題を克服できれば、すばらしいものが期待できたので、赤崎氏はGaNの研究を地道に行う事を決心しました。 

そうして、赤崎氏は松下電器産業在籍時の1960年代から70年代にかけ、窒化ガリウム(GaN)系半導体による青色発光素子の研究を開始、1986年には窒化ガリウムの高品質な結晶育成技術を確立し、1989年、電子線照射法によるP型窒化ガリウムの結晶化に、世界で初めて成功、世界初の青色LEDを実現しました。 

中村氏も回想で自分自身で述べておりますが、世界の大手企業と同じZnSeの研究を行っても勝てるわけがないので、あまり検討されていない赤崎氏のGaNの研究に特化したとあります。 そうして、製造装置の改良を進め、世界で初めての青色LEDを商品化したのが、中村氏の勤める日亜化学でした。

----------------------- 数多くの表彰を受ける 赤崎勇 -------------------------

赤崎勇の窒化物半導体に対する先見と青色発光デバイスの先駆的研究は、内外で高く評価され、数多くの受賞を受ける事になりました。 また、中村氏がGaNの青色LEDを、現実に実用化した事から、赤崎氏のノーベル賞受賞が近づいたと言われています。

赤崎勇
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%B4%8E%E5%8B%87
http://www.jsap.or.jp/activities/award/outstanding/prizewinner2001.html
http://www.takeda-foundation.jp/award/takeda/2002/forum/01a.html


1989年 日本結晶成長学会論文賞
1991年 中日文化賞
1994年 オプトエレクトロニクス会議特別賞
1994年 日本結晶成長学会創立20周年記念技術貢献賞
1995年 化合物半導体国際シンポジウム賞
1995年 Heinrich Welker Gold Medal
1996年 IEEE Lasers and Electro-Optics Society's Engineering Achievement Award
1996年 紫綬褒章
1998年 井上春成賞
1998年 Laudise Prize
1998年 応用物理学会会誌賞
1998年 IEEE's Jack A. Morton Award
1998年 British Rank Prize
1999年 Solid State Science and Technology Award
2000年 朝日賞
2000年 東レ科学技術賞
2002年 応用物理学会業績賞
2002年 武田賞
2002年 藤原賞
2002年 勲三等旭日中綬章
2003年 日本学術会議会長賞
2003年 SSDM Award
2004年 文化功労者

4

2015/6/16  21:52

投稿者:Author
貴殿とはいくら話しても水掛け論のようですが、事実を認識してください。 ノーベル賞の審査員が、今回の中村さんのは事業化貢献を評価したとメディアにもいっているじゃないですか? ハイハイ、半世紀以上も前からGaNで青色LEDが知られていた? そしたらなんで赤崎さんがノーベル賞を受賞したのですか? その理論を考えた人は何故ノーベル賞を受賞できなかったのですか? 
普通の頭を持っていれば分かると思いますが、何故その人が受賞していないのと貴殿は考えていますか??? 答えてください。

2015/6/15  23:28

投稿者:東森秀朋
「理論的・開発に最初に成功したのは赤崎さんで、中村さんは生産技術的と言うか事業化貢献」した主張されています。しかし、生産技術開発や事業化貢献に対してはノーベル物理学賞は授与されません。中村さんにノーベル賞を授与しなければならない理由がありました。ところが、中村さんにのみノーベル賞を授与したとき、赤崎さんに文化勲章を授与した日本政府のメンツは丸潰れになります。窒化ガリウム(GaN)が青色発光ダイオードになり得ることは半世紀以上前から半導体物性研究者や技術者には理論的に良く知られていました。だからこそ、赤崎さんは窒化ガリウム(GaN)を選択したのです。電子線照射は全く理論的ではありません。赤崎さんの電子線照射の特許文献を読めばそれは明らかです。赤崎グループは電子線照射で開発に成功したとしていますが、日本でも米国でも全く評価されませんでした。中村さんが開発したMOCVD法でのツーフロー法、窒化ガリウム低温堆積法や高圧窒素雰囲気中での熱アニールの方がよっぽど理論的です。

2015/6/15  22:22

投稿者:Author
東森さん、赤崎さんのほうが中村さんよりはるかに早かったと、自ら述べているではないですか。 ノーベル賞でも理論的・開発に最初に成功したのは赤崎さんで、中村さんは生産技術的と言うか事業化貢献とはっきり言われてますね。 中村さんも、赤崎さんのほうが開発に成功したのは早かったと言っています。 これは間違いない事実ですよ。 それと、赤崎さんの場合は理論があり、中村さんはよかった悪かったの実験で成功。 だから国内の大学、企業からまったく誘いがなかったのです。

2015/6/15  0:11

投稿者:東森秀朋
豊田合成が青色LEDを発売したのは95年です。なんと、日亜化学の発売の2年も後のことです。しかも、赤崎グループが89年に青色LEDの開発に成功してから製品化に6年も経っています。89年は豊田合成が「窒化ガリウム(GaN)青色発光ダイオードの製造技術」の委託開発(文部省 新技術開発事業団 研究者赤崎勇 開発期間 昭和62年3月〜平成2年9月(87年〜90年))に重なります。この89年における青色LEDの開発成功は世界的偉業です。それは中村修二氏の青色LEDの開発成功を世界中が賛美したことからして明らかです。しかしそ89年の偉業は世界はおろか日本においても全く無視されました。今回(14年)のノーベル物理学賞には対象論文が示されていません。電子線照射により青色LEDの開発に成功し、特許まで取得し、米国で学会発表までしています。その偉業を示す論文があるはずです。委託開発には5億円が提供され、回収され、青色LEDの製造技術が確立されたと報告されています。全く不可解としか言いようがありません。

2014/12/12  22:13

投稿者:東森秀朋
「p型GaN単結晶については,同じく赤崎氏と天野氏のグループがマグネシウム(Mg)をドープ*3したGaN単結晶膜に電子線を照射することで世界で初めて作製することに成功した」と1989年に発表し、赤崎氏は電子線照射によるGaNのp型化の特許を取得し、アメリカの学会で発表したと聞いています。しかし、大発明であるにも関わらず、日本でもアメリカでも全く評価されませんでした。再現性がなかったからと聞いています。実際、中村氏がp型化に成功するまでは、学会でも世界でも相手にされていません。大発明や大発見は突然出現するものではありません。自動車や飛行機の発明の経緯を調べればそれは明らかです。相対性理論もローレンツ変換やミンコフスキー空間があってこそ作り出されたと考えます。

2014/10/7  22:09

投稿者:東森秀朋
「赤崎氏は松下電器産業在籍時の1960年代から70年代にかけ、窒化ガリウム(GaN)系半導体による青色発光素子の研究を開始、1986年には窒化ガリウムの高品質な結晶育成技術を確立し、1989年、電子線照射法によるP型窒化ガリウムの結晶化に、世界で初めて成功、世界初の青色LEDを実現しました。」と記載されています。
 しかしながら、電子線照射法によってP型窒化ガリウム結晶を制作することはできないと聞いています。
 その理由は、電子線では結晶の表面しか照射できません。そのため、MOCVD法で内部に残留しているH原子を除去できません。深く照射するには長時間照射する必要があります。しかし、長時間照射すると結晶の表面温度が高温になるため、結晶構造が破壊され、Nが分離漏出してしまいます。電子線照射は、真空に近い状態で行われる必要があるため、上記N分離漏出を阻止するための高圧のN雰囲気中で行うことができません。

2011/8/13  10:49

投稿者:renaissancejapan

日経も識者はちゃんと気付いているようで、青色LEDは中村氏の発明? の記事を書いているようです。

-----------------中村裁判-------------------------

青色LED訴訟の「真実」
問われる相当対価「604億円」の根拠
高輝度青色発光ダイオード(LED)や青紫色レーザダイオード(青色LED)などの製造方法をめぐる特許訴訟。沈黙を破った日亜化学工業の主張をきっかけに,本誌は独自に検証を開始した。その結果,原告である中村修二氏の主張とは反する「事実」を得た。東京地裁は中村氏の主張をほぼ全面的に受け入れ,巨額の相当対価の支払いを日亜化学工業に命じている。この判決の根拠となった「404特許」の効力と,中村氏の貢献の度合いについて,日亜化学工業の主張との対立点を改めて検証する。(近岡 裕)

http://techon.nikkeibp.co.jp/NEWS/nakamura/mono200406_3.html

2010/10/31  16:52

投稿者:renaissancejapan
高輝度青色LEDや青色LDが光を放つには,三つの要素技術が必要となる。@下地層となる良質なGaN単結晶Ap型GaN単結晶B発光層である窒化インジウムガリウム(InGaN)単結晶―だ。日亜化学工業にとっては,これらのすべてが「公知の技術」だった。

中村氏がツーフローMOCVD装置で(1)のGaN単結晶膜の作製に成功したのは1991年2月ころだが,当時名古屋大学の赤崎勇氏と天野浩氏のグループは1985年にMOCVD装置を使ってそれを成功させ,1986年には論文を発表している。(2)のp型GaN単結晶については,同じく赤崎氏と天野氏のグループがマグネシウム(Mg)をドープ*3したGaN単結晶膜に電子線を照射することで世界で初めて作製することに成功したと1989年に発表した。(3)のInGaN単結晶は,1989年に当時NTTの松岡隆志氏が世界で初めて作製したと発表している。「1989年から青色LEDの研究開発を開始した日亜化学工業では,先行する赤崎氏や松岡氏の論文を追試し,製品化することが目標だった」と,当時を知る向井氏と妹尾氏は言う。

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