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2011/7/2

邪馬台国と卑弥呼-122 紀元前11世紀   邪馬台国と卑弥呼

紀元前1世紀に王充 ( おうじゅう ) が著した思想書 「 論衡 ( ろんこう ) 」 には、倭人に関する記事が2ケ所あり、紀元前11世紀の周朝2代目・成王 ( せいおう ) の時に、「 倭人が帳草を貢した 」 と書かれています。

「 貢 」 は外交上の事なので、周の時代には日本に国家があったことを示しています。




既に、魏志倭人伝にある倭の人々の習慣で、首長や尊敬すべき人に会えば、ただ拍手するだけで、跪いて拝礼するかわりにしていた事を紹介しました。


邪馬台国と卑弥呼-105 魏志倭人伝全文-16 集会・立ち振る舞い
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1440.html


この拍手は、神社などで打つ、かしわ手として、現在の日本に残っていますが、これは周代の古法であります。


「 漢書 」 倭人の条の前文には、周代初期の体制を理想とする孔子 ( BC551-479 ) のエピソードが紹介されています。  


「 孔子は道が行われない事を悼み、諸国遍歴に疲れて海岸に出たとき、渡海して東夷の九夷に住む事を欲した。 」 とあり、これに続いて、  「 孔子がそう欲っしたのももっともな事だ。  何故なら、楽浪海中に礼節を知る倭人がいたからだ。 」  

と述べて、倭人の紹介に入ります。




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