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2011/11/25

邪馬台国と卑弥呼-171  八咫烏と高皇産霊神  邪馬台国と卑弥呼
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八咫烏(やたがらす)


神武東征の際、高天原にいる高皇産霊神(たかみむすひのかみ)は、荒ぶる神が多いので、御子のことをご心配になり、八咫烏を遣わせ、神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)を導かせました。  神倭伊波礼毘古命は八咫烏の後について進むと、吉野河の下流につき、次々と土地の豪族たちが従うようになりました。

これで、神倭伊波礼毘古命は長い東征を終え、橿原宮にて初代の天皇に即位し、神武天皇と呼ばれるようになります。 日本書紀は神武天皇の即位を紀元前660年元旦と伝えており、これを根拠に、太陰暦を太陽暦に換算したニ月十一日を「建国記念の日」としています。



「新撰姓氏録」では、八咫烏は高皇産霊神の曾孫である賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)の化身であり、その後鴨県主(かものあがたぬし)の祖となったとする。

下鴨神社は、平安京遷都以前からあった京都最古の神社の一つで、下鴨神社を建てたのは古代豪族の賀茂氏(秦氏一族)、この神社こそが、天皇家を支え・お守りしている、極めて重要な神社でなのであります。 御祭神は建角身命(たけつぬみのみこと)とその娘の玉依比売命(たまよりひめのみこと)。  

神武東征の際、天照大神・高皇産霊神の命を受けて、八咫烏(やたからす)に化身して勝利に導いたのが、建角身命であります。  建角身命の娘が玉依比売命で、彼女は神武天皇の母親なので、神武天皇の祖父が八咫烏となって、孫の神武天皇を助けたという事になります。  

ここで重要なのは、建角身命だけが八咫烏というわけでなく、それは組織化され、ある集団を指すようになり、天皇家を守る秘密組織「八咫烏」となってゆくわけです。 現代にもあるという噂はありますが、本当に在るのかどうかは分かりません。

神道で、神社の頂点に君臨するのは天照大神を祀る伊勢神宮ですが、表裏一体となって同じくらい力を持っているのが下鴨神社です。  その証拠に、天皇の即位の儀礼や最も重要な「大嘗祭」を主催し、そのすべてを取り仕切っているのは、宮内庁でも伊勢神宮でもなく、京都の賀茂神社なのです。  




下鴨神社
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1047.html
八咫烏 神武天皇とアレキサンダー大王
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1046.html
八咫烏 と 烏帽子、ちょんまげ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1051.html
陰陽師(おんみょうじ)
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