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2011/11/26

邪馬台国と卑弥呼-172  橿原宮と纏向  日本・天皇・神道・記紀神話

神武天皇が大和に入る前に、既にニギハヤヒ(出雲物部系)が大和の地に入っており、三輪山の大神神社のご祭神、大物主大神として鎮座していた事が知られています。

神武東征において、大和を平定したのなら、三輪山を治めているはずですが、神武天皇が即位したのは、三輪山の南西にある橿原宮(かしはらのみや)であります。 という事は、神武天皇は大和を平定したのではなく、橿原宮だけであったということです。

後に、三輪山の麓の纏向に歴史の中心は移ってゆきますが、天皇家が三輪山の出雲勢力と政略結婚もしくは、出雲勢を攻め滅ぼしたものと考えられます。

神武天皇は実在していなかったという説もありますが、それなら初代天皇はカッコよく、大和にいた旧勢力を攻め滅ぼしたと記述すべきであると思うので、この橿原宮での即位というのは変なリアリティがあり、神武天皇は実在していたのではないでしょうか。
 




邪馬台国と卑弥呼-123  天磐船(あめのいわふね)
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邪馬台国と卑弥呼-124  饒速日(にぎはやひ)
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邪馬台国と卑弥呼-40  大物主大神
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邪馬台国と卑弥呼-41  太陽神信仰 
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タグ: 日本 天皇 神道


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