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2011/12/5

邪馬台国と卑弥呼-176  日本への朝貢  邪馬台国と卑弥呼

実は、日本も朝鮮半島から朝貢を受けていた事が、「隋書」倭国伝や「日本書紀」に記されており、内容が一致している事から、事実と考えてよいでしょう。


邪馬台国と卑弥呼-175  朝貢と冊封
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1553.html



高句麗滅亡後、その遺民である大祚栄(だいそえい)が698年に建国した渤海は、唐・新羅と対立していた時期に、彼らを牽制するために、日本に朝貢を行っていました。  

当初は、軍事同盟の性格が強かったものの、渤海と唐の関係が改善すると、渤海使は文化と商業の色彩を強めたものの、日本への朝貢は続けられました。 

中国と同様、朝貢を受けると、その何倍もの価値の回賜(かいし)を与えなければならなく、財政的に大変なので、途中から朝貢の頻度を12年に1度に制限し、渤海が滅亡する926年まで、約200年間続けられました。


また、「隋書」倭国伝には、新羅と百済が日本に朝貢した記録が記されており、「日本書紀」の記述と一致するため、史実とされ、

さらに、百済が滅亡し、唐を恐れた耽羅国(たんらこく=済州島にあった国)が、7世紀に日本に朝貢した記録が残っています。



一級資料見つかる 新羅は倭の属国
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1496.html
百済・新羅は日本の属国
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1398.html
日本の属国であった新羅と百済 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1044.html

邪馬台国と卑弥呼-158  天之日矛 と 都怒我阿羅斯等 そして 素戔嗚尊
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1535.html
邪馬台国と卑弥呼-23  日本人新羅王 脱解王
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1270.html
邪馬台国と卑弥呼-150  倭国 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1526.html



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