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2012/2/9

邪馬台国と卑弥呼-200  蘇我氏  邪馬台国と卑弥呼
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石舞台古墳(いしぶたいこふん) 蘇我馬子の墓とする説が有力


蘇我氏の本拠地は、大和国高市郡曽我(現在の奈良県橿原市曽我朝)で、近鉄曽我駅を下車したところに式内社「宗我坐宗我都比古神社(そがいますそがつひこじんじゃ)」があります。 また、この神社から東南500mほどのところに、曽我玉作遺跡があり、このあたりは大和朝廷の祭祀をつかさどった忌部氏の本拠地とも重なるので、忌部氏と蘇我氏の親密な関係がうかがえます。



邪馬台国と卑弥呼-145  台与 と ヒスイ  
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1521.html
邪馬台国と卑弥呼-146  蘇我氏 と ヒスイ    
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1522.html
邪馬台国と卑弥呼-147  蘇我氏 と台与(とよ)
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1523.html




古事記の第8代考元天皇条に、この天皇の孫の「武内宿禰」の系譜が記されています。 蘇我氏は、武内宿禰を始祖とする27の支族の一つで、武内宿禰は景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代にわたる天皇に大臣として仕え、300歳を越えた長寿の人として知られています。

その人物は、蘇我馬子がモデルとする見方がありますが、私は300年に渡り繁栄した蘇我一族を象徴するものであり、その姿から、武内宿禰=浦島太郎=住吉大神、また武内宿禰=蘇我馬子=蘇我一族を表していると考えています。

古事記によれば、蘇我氏はこの武内宿禰の子、蘇我石河宿禰(そがいしかわのすくね)の後裔としています。



邪馬台国と卑弥呼-148  武内宿禰の正体
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1524.html



蘇我氏は、ある時期から、自らを葛城氏の後裔であるとする系譜を強調するようになります。  蘇我馬子が「葛城県(かつらぎあがた)」は、自分の「本居(うぶすな)」であるから返還して欲しいと推古天皇にお願いした事や、蘇我蝦夷(そがのえみし)が自らの「祖廟」を葛城高官に建立した伝承にあらわれています。



邪馬台国と卑弥呼-199  葛城氏
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1583.html



天武朝において、蘇我氏は名を石川氏と改めました。 以後も奈良時代には、安摩侶の子の石川年足など、有能な官人を輩出しますが、次第に栄華は過去のものとなります。 それは藤原不比等が台頭し、日本書紀・古事記が編纂されてゆく中で、蘇我氏は没落してゆきます。 蘇我氏・葛城氏ともに出雲系と考えられ、おそらく国譲りがあったのでしょう。 

その証拠に、馬子の墓とされる石舞台古墳(=桃原の墓)を、1933年から2年間、京都大学が発掘調査を行った結果、7世紀始めから前半に造営された一辺50mの方墳であることが判明しています。 いうまでもなく、方墳は出雲勢力の特徴です。



杵築大社(後の出雲大社)が建立されたのも、実は3世紀のことではなく、記紀編纂された7世紀後半から8世紀の事で、出雲大社と改名したのは明治4年(1871年)の事なのです。

案外、知られていないのですが、「出雲国風土記」にはヤマタノオロチ伝説も、国譲りの神話も存在しません。  国譲りは大和盆地で行われ、大和の地(奈良)からみて、太陽が昇る東の位置に伊勢神宮を建立し、太陽の沈む根の国(出雲)に杵築大社(後の出雲大社)を建立し、藤原氏にとって都合の悪い豪族達が、出雲に流されたのだと私は考えます。

そして、676年(天武5年)から着工され、704年(景雲元)に完成したのが藤原京で、710年(和銅3)に平城京に遷都されるまで、持統・文武・元明の三天皇が居住した16年間、日本の首都として、藤原京は栄えました。


伊勢神宮建立、杵築大社(後の出雲大社)建立、藤原京建設など、全て、記紀神話が編纂された7〜8世紀の事なのです。 藤原京は、飛鳥京の西北部、奈良県橿原市に所在する日本史上最初で最大の都城で、日本史上最初の条坊制(じょうぼうせい)を布いた本格的な唐風都城でもあります。  この都城は、周礼が説く思想を表していたとされています。




邪馬台国と卑弥呼-189  ハツクニシラス スメラノミコト  
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邪馬台国と卑弥呼-190  出雲は神々の流刑地
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邪馬台国と卑弥呼-191  出雲大社
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邪馬台国と卑弥呼-192  三輪山とヤマタノオロチ  
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邪馬台国と卑弥呼-196  伊勢-大和-出雲 レイライン  
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邪馬台国と卑弥呼-197  安曇氏と呉
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