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2012/3/17

邪馬台国と卑弥呼-215  記紀神話と魏志倭人伝  邪馬台国と卑弥呼

記紀神話には、邪馬台国も卑弥呼の記述もありませんが、記紀編纂者が知らなかったわけがありません。

日本書紀の神功皇后39年に、分註として次のように記述されています。


「 ・・・ 魏志によると、景初3年6月、倭の女王は使いを帯方郡に送り、魏への朝貢を申しでて、洛陽に至ったという・・・ 」


すなわち、記紀編纂者は、邪馬台国や卑弥呼を知った上で、不都合があるため、あえて記述していない事が分かります。 その不都合とは何か?


私は、本居宣長の邪馬台国偽僭説を支持していますが、これは、

畿内勢力に対し劣勢に立たされた北九州勢が、魏に朝貢し、魏の助けを借り、劣勢を挽回しようとし、本当の日本の女王国は大和なのに、自分達が邪馬台国であるかのごとく嘘をついて朝貢を行ったというもので、

実際、北九州の筑紫に山門に女首長、田油津媛がいましたが、神功皇后がこの女首長を殺害したと日本書紀に記されています。 


大和にいたはずの神功皇后は以後、北九州に留まり、応神天皇を産んでいます。 また、倭国大乱で30余国を卑弥呼がまとめていた事が魏志倭人伝に記されていますが、大和に30余国があったかといえば疑問で、北九州に魏志倭人伝がいう邪馬台国があったと思われます。 

これらが邪馬台国北九州説を裏付けるもので、本居宣長の邪馬台国偽僭説を正しいとするならば、魏志倭人伝に記された邪馬台国は北九州であり、矛盾なく説明できます。




邪馬台国と卑弥呼-11  二人の卑弥呼
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1258.html
邪馬台国と卑弥呼-140  神功皇后の卑弥呼殺し
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1516.html
邪馬台国と卑弥呼-149  神功皇后とは誰か 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1525.html
邪馬台国と卑弥呼-214  卑弥呼と海部氏系図 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1602.html



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