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2012/3/19

邪馬台国と卑弥呼-216  豊受大神と台与  邪馬台国と卑弥呼
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奈具神社 天の羽衣伝説が伝わる神社で、ご祭神は豊宇賀能賣命(天女)


伊勢神宮の外宮(豊受大神宮)に祀られているのは豊受大神ですが、伊勢神宮外宮の社伝の「止由気宮儀式帳」によれば、雄略天皇の夢枕に天照大神が現れ、「自分一人では食事が安らかにできないので、丹波国の比沼真奈井(ひぬまのまない)にいる御饌の神、等由気大神(とようけのおおかみ)を近くに呼び寄せなさい」と言われたので、丹波国から伊勢国に遷宮されました。  

そして、毎日朝夕の二度、天照大御神に神饌をたてまつるお祭りが、ご鎮座以来、一日も絶えることなく行われています。



丹後国の風土記によれば、丹後国丹波郡の郡家の西北隅の方に比治里(ひじのさと)があり、その里の比治山の頂に、真名井とよばれる泉がありましたが、現在は沼になっています。

そこに天女八人が天降り水浴していましたが、老夫婦が一人の天女の衣装を隠したため、その天女は天上に帰ることができなくなってしまい、子供のいない老夫婦は自分達の子供に名って欲しい頼んだので、女は仕方なく十年ばかりの歳月を共に暮らしました。

天女は万病を治す良い酒を醸し出したので、家は財に富み、土地は土方(ひじかた)の里と呼ばれるように豊かになりました。

豊かになった老夫婦は、ある日、突然に、女に家を出てゆくよう申し渡し、女はあまりの悲しさに嘆き伏し、その理由を聞きましたが、老夫婦はただ怒るばかりで、立ち去らざるを得なくなってしまいます。  

家の門のところに出た女は、「人間の世界に長く留まったため、天に帰ることができず、親族もおらず、どうしていいのか分からない」と涙を流し嘆きながら、ついに比治里の荒塩の村に至り、次に丹波里の哭木(なきき)の村に行き、さらに竹野郡の船木里の奈具の村に至ります。

ついに女は、「もう私の心は穏やかになりました」といって、この村に留まることにしました。

これが奈具に坐(いま)す豊宇賀能売命(とようかのめのみこと)であります。 この天女が化したとされる豊宇賀能売命こそが、伊勢神宮の外宮に祀られている豊受大神であります。


この豊受大神(=豊宇賀能売命)が台与とする説があり、私も支持しています。 すなわち、邪馬台国・大和朝廷の国家統一に多大なる貢献をしながらも、大和朝廷に裏切られ、悲劇的な運命を辿ったのが台与であり、それが故に、記紀神話で詳しく語ることが出来なかったのではないでしょうか。




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