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2006/4/13

イングランド銀行-1  国際政治・金融・企業

イングランド銀行は、1694年に設立されましたが、この時の国王は「名誉革命」で、オランダから迎え入れられたウイリアム3世です。

このイギリスの中央銀行は、大蔵卿チャールズ・モンタギューとスコットランド人のウイリアム・パターソンでにより設立され、オランダ、イギリス、スコットランドの君主であるウイリアム3世によって、発券業務(通貨発行権)が与えられました。

そして、造幣局長官は、科学者ニュートンです。



革命は資金なくしては成立する事はありません。 清教徒革命では、イギリス国教会の国王チャールズ1世と、清教徒の議会が対立状態となりましたが、清教徒のクロムウエルに資金援助したのは、オランダの金融家マナセ・ベン・イズラエルです。

そして、ユダヤ人のフェルナンデス・カーヴァハルがクロムウエルを中心的な人物となり、円頂党を編成して軍をつくり、最新の武器を与えました。 そうして、議会から国王に忠誠を尽くす議員を徹底的に排除し、絶対多数の権力を獲得した後、1649年1月9日に国王を裁くも目的で、クロムウエルの軍隊出身の「水平派」がその3分の2を占める「高等法院」が宣言され、カーヴァハルはユダヤ人のアイザック・ドリスラウスに命じて、国王チャールズ1世を裁く為の告発状を作成し、チャールズは有罪宣告を受け、1649年1月30日にロンドンで処刑されました。

この頃は、中世ヨーロッパで迫害を受けたユダヤ人達が、自分たちが生きて行く為に、金融の力で従来の王政に立ち向かっていた時代でした、これについては別途お話したいと思います。

この頃のイギリスは、英仏戦争や内戦などで、財政は破綻寸前で、1670年代にはチャールズ2世の時代には、大勢の金細工師から借りていた100万ポンドの債務不履行を宣言し、一万人の預金者が損害を蒙りました。 

1689年に、名誉革命で王位についた、ウイリアム3世は、アウグスブルグ同盟戦争中の1693年には、深刻な財政難に陥ってしましましたが、その時にスコットランド人のウイリアム・パターソンが考えついたのが、民間の銀行でありながら、通貨を独占的に発行でき、政府はそこから金利を払って、お金を借り入れるというものでした。 

ただ同然でお札を印刷し、銀行の株主がボロ儲けし、国家も簡単に資金を借り入れできるというもので、聞けば誰でもインチキである事はすぐ見破れますが、財政に困窮する国家がお札を乱造したならば、そのお金は金や銀と交換できない不換紙幣だと思われてしまいます。

しかし、銀行システムを通じてお金を創出したなら、一般市民にはそのプロセスが見えないので、新たに印刷された紙幣は、金貨の裏づけがある、従来の紙幣と見分けがつかず、一般市民を騙す事ができるというものでした。

1694年にイングランド銀行が認可するとすぐに、ウイリアム3世や議員達は、先を争うようにして、自分たちが生み出したこの銀行の株主になってゆきました。

イングランド銀行の株主たちは、初期の頃は「1200人協会」と呼ばれ、イングランド国王や女王はそれぞれ1万ポンドの価値に相当する株式割当を受け、後のハドソン湾会社の総督マールバラ公爵や、シュロスベリー卿も1万ポンドを出資しています。 数多くの貴族、役人、大商人などの特権階級の人々、またポルトガルやスペインのユダヤ人たちが
イングランド銀行の株を保有する事になります。

このイングランド銀行の創設に当たって、ロンドンのマザーズ・チャペルでの会合で決められた内容は、

1、政府は金融のサイエンティストに銀行創立の許可を与える
2、この銀行には、英国で紙幣として通用する銀行券発行の独占的権利が与えられる
3、この銀行は一部のみが金・銀貨で裏付けられるマネーを無から創出する
4、金融のサイエンティストは、政府に必要なだけ融資を行う
5、政府への融資のために創出されたマネーは、主として政府の借用証書を裏づけとす
  る
6、このマネーは無から創出されるので、コストはかからないが、政府はこれに対して
  8%の金利を支払う
7、政府への借用証書は、民間に貸し出される追加金の支払い「準備」金とみなされる
  この民間への融資も利子をとる
  従って、金融のサイエンティストは、同じ無をもとに、2重に金利を徴収する

というもので、イングランド銀行を設立するや、紙幣を印刷し続け、2年で物価は100%上昇し、取り付け騒ぎまで発展しました。 これは、インチキがばれたも同然で、イングランド銀行にとっては最悪の事態です。 イングランド銀行は、金貨に兌換する事ができませんでした。 本来であれば倒産ですが、この銀行は民間といっても、王家、貴族、政治家、役人、大商人たちの談合の成果です。 

この取り付け騒ぎに、議会が介入し、設立からわずか2年後の1696年に、「正貨による支払いを停止」する法律が成立しました。

                                    続く

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