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2006/4/14

ユダヤ人と金融  国際政治・金融・企業

1200年頃、イタリアのヴェネチア(英語ではヴェニス)を中心に、地中海貿易が盛んになり、様々な地域の通貨を扱う両替商ができ、商人たちからお金を預かり、代わりに代金の決済をするサービスもはじめました。

商人たちにとっては、金や銀を持ち歩く必要がなく、大変便利なシステムであったので、あっという間に、このサービスは広がり、両替商は、預かったお金のうち、支払いに必要なお金だけは持っておかねばなりませんが、常に全額用意しておく必要がない事に気付き、この差額のお金を元手に、貸し出しするようになりました。 

これが銀行のはじまりで、英語のバンク(Bank)は、台や長机を意味するイタリア語のバンコ(Banco)が名前の由来です。


紀元前約2000年頃に、古代オリエント地方、メソポタミア平原からユーフラテス河を渡り、西へ移動し、シリアの高原をさまよった後、豊穣な土地カナンへ移動した遊牧民族がありました。 彼らが今日ユダヤ人と呼ばれる人たちの先祖です。  

紀元元年に、パレスチナのガリラヤ地方のナザレに、イエスが誕生します。 イエスはユダヤ教徒として育ちますが、当時のユダヤ教のありかたに疑問を抱き、「全ての人間は神の愛によって平等に救われる」と説き、男女平等、一夫一婦制、食べ物を制限しない、などの教えが受け入れられ、ローマ帝国で広まり影響力を持ち始めました。 

面白くないのが、ユダヤの保守派(パリサイ派)で、「イエスはユダヤの神を冒涜した」としワナにかけ、イエスは十字架にかけられ処刑されてしまいました。

しかし、死んだはずのイエスが蘇ったとの噂が広まり、イエスこそが神につかわされた真のメシアであると確信するようになり、キリスト教が成立し、その後は弟子達の布教活動によって、ローマ帝国の国教として認められ、その後のゲルマン人の王や貴族に保護され、ヨーロッパで絶大な力を持つ宗教勢力となりました。

同時に、ユダヤ人の苦難がはじまります。「神の子イエスを裏切り、十字架にかけたユダ」として迫害されるようにもなりました。  

イエスが処刑された後、紀元1世紀頃、ローマ帝国に対しユダヤ人は2回の反乱を起こしましたが、敗北し、エルサレムから追放され、国家を持たない「流浪の民」としての生活が始まる事になりました。

そして、遊牧生活をしながら、地中海沿岸やシルクロードなどに散らばり、そのネットワークを活かして商売をするようになりました。 これが、今日のユダヤのグローバル化した国際金融ネットワ−クの原点です。

7世紀に、ムハンマドがイスラム教を起こし、異教徒には「死」をと叫びながら、暴力で地中海沿岸と、パレスチナを奪い取っていきます。 イスラム教では、過去がどうあれイスラムに改宗すれば、寛大に迎えてくれ、それが勢力を伸ばす原動力ともなった訳ですが、ユダヤ人を保護したというのは、同じイスラム仲間から税金をとらないという決まりをつくっていたので、税収に困っていて、お金を持っているユダヤ人には、改宗させない方が、税金を取り上げられるので都合がよかったのです。

聖地エルサレムを、イスラムに奪われたヨーロッパのキリスト教は、奪還するために1096年から200年にわたり、十字軍を送りこみ、1099年奪還に成功して、エルサレム王国を建設しました。 しかし、イスラムの反撃に会い、1291年エルサレム王国は崩壊。

キリスト教徒による、ユダヤ人の迫害が強まるのは、この頃からです。 理由は単純で、表向きは「神の子イエスを裏切り、十字架に架けた」といいながら、本当は十字軍遠征でお金が不足し、兵士達もお金に困っていたので、軍事資金調達のために、ユダヤ人の財産が狙われ、略奪されたのです。

祖国がなく、安住の地のないユダヤ人は、お金を蓄え、迫害にあったら、いつでも引っ越せれるようにしており、財産を身に着けて持っていたのです。 英語の宝石Jewelは、ユダヤのJewが語源。

しかしながら、金融業を任されたユダヤ人銀行家は、地中海貿易が盛んになったヴェニスで、キリスト教徒の貴族たちの資金運用や、貸付を行うようになりました。 王侯貴族の財産を管理する彼らは、「宮廷ユダヤ人」と呼ばれるようになり、 

金融業のほか、宮廷ユダヤ人は自分たちの仕える貴族のために外交や貿易を行ったり、自分の仕える貴族たちに主として食料・武器・弾薬・貴金属などを、一族やユダヤ人同士の繋がりを利用したりして調達するようになり、後の「国際金融資本家」や「死の商人」を生み出してゆく事になりました。

中世には、弾圧によりユダヤ人の移住は何回も繰り返されますが、ユダヤ人金融家は、この離散状態を逆に活かし、貿易決済業にたずさわるようになり、為替の技術を発達させ、貿易商人から毎月積立金を徴収し、船が海賊や遭難にあったときの被害損失を肩代わりする保険業や、大きな事業のリスクを多人数で分散する株式や、債券の考え方を生み出していきました。

また、記名型の証券であると、ユダヤ人であることがばれると、略奪にあったり、身の危険もあるので、ユダヤ人の金融家たちは、無記名の証券である銀行券を発行させる銀行を、ヨーロッパ各地で運営していました。 これが、後にヨーロッパ諸国が中央銀行をつくり、紙幣を発行させることになります。

1600年代になり、ハプスブルグ家の神聖ローマ帝国の権力が弱体化すると、諸侯は皇帝権力からの脱却を目論んで独自に領地を支配するようになっていきますが、それには資金が必要で、金融取引のノウハウと経験を持つユダヤ人が、金融を通して国家の中枢に入り込み、国家に対して影響力を持つようになってゆきました。 

(主な宮廷ユダヤ人)
1600年代のハプスブルグ家には、サミュエル・オッペンハイマー
1800年代のバイエルン王国には、アーロン・エリアス・ゼーリヒマン
1800年代のプロイセン宰相ビスマルクには、ゲルソン・フォン・ブライヒレーダー
1800-1900年代の、ロシアを含む全ヨーロッパ諸国には、ロスチャイルド家
など
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2011/10/23  22:03

投稿者:エレガンシア
ユダヤ人へのまなざしに信頼性の高さが感じられます。

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