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2013/3/28

日本人の評判記 イザベラ・バード  Cool Japan
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イザベラ・バード ( 1831 - 1904 )英国人旅行家、紀行作家


イザベラ・バードは、明治時代に東京を起点に、日光から新潟に抜け、日本海側から北海道に至る旅をし、「日本奥地紀行」を書いた作家ですが、当時の庶民の様子が記されたものは極めて少なく、今日でも貴重な資料となっています。 また、彼女は、その後、神戸・大阪・京都・伊勢も訪ねています。


バードは、朝鮮・中国をも旅しましたが、酷評しており、対照的に日本を絶賛しております。




当時の朝鮮は、日本が統治する以前、李氏朝鮮末期の時代にあたります。


「朝鮮人には猜疑、狡猾、嘘を言う癖などの東洋的な悪徳が見られ、人間同士の信頼は薄い。女性は隔離され、ひどく劣悪な地位に置かれている。」


「ソウルには美術の対象になるものが何も無く、古代の遺物ははなはだ少ない。 公衆用の庭園も無く、行幸の稀有な一件を除けば見せものも無い。劇場も無い。 ソウルは他国の都市が持っている魅力をまるで欠いている。

ソウルには古い時代の廃墟も無く、図書館も無く、文学も無い。 しまいには、他には見出せないほどの宗教に対する無関心から、ソウルは寺院無しの状態で放置されている。 一方、未だに支配力を維持しているある種の迷信のために、ソウルには墓がないままにされている。」


「朝鮮では、私は朝鮮人を人種の滓(かす)と考え、その状況を希望の持てないものと見做すようになっていた。」


「私は北京を見るまではソウルを地球上でもっとも不潔な都市、また紹興(中国浙江省北部の県)の悪臭に出会うまではもっとも悪臭のひどい都市と考えていた。 大都市、首都にしてはそのみすぼらしさは名状できない程ひどいものである。」





一方の日本においては、どこに行っても清潔で、人々の優しさ・礼儀正しさを絶賛しています。


街道の終点である湯元では、温泉を訪れている湯治客の様子を詳細に記し、その宿屋が「たいへん清潔である」と評し、
そして

「ここは埃まみれの人間ではなく、妖精が似合う宿である」とまで形容し、さらに山形県の赤湯温泉では、置賜地方を「エデンの園」と称え、その風景を「東洋のアルカディア」と評してくれています。


「私はそれから奥地や蝦夷を1200マイルに渡って旅をしたが、まったく安全でしかも心配もなかった。世界中で、日本ほど婦人が危険にも無作法な目にもあわず、まったく安全に旅行できる国はないと信じている。」

「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。 子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうである。」


彼女は、鳥海山の麓を進み、六郷という当時人口5000人の街で、日本の伝統的な葬式に参加させてもらうことができ、その時の感想を述べています。


「これほどおごそかで、うやうやしく、礼儀正しい儀式はないであろう」


それに続き、六郷の寺については、飾りが堅固で、趣味が優雅であることはカトリックの教会よりも優れていると記述しています。



最後に、彼女の最もお気に入りが、秋田県の久保田(現在の秋田市)であります。


「私は、他のいかなる日本の町よりも久保田が好きである。 たぶんこの町が純日本的な町であり、また昔は繁栄していたが今はさびれているという様子がないためでもあるだろう。

私はもう、ヨーロッパ人に会いたくはない。 実際に、私は彼らを避けるために遠く離れたところへ行こうとしている。

私はすっかり日本人の生活に慣れてきた。 このように一人ぼっちの旅を続けたほうが、ずっと日本人の生活を知ることができるのではないかと思う。」


                                               -日本奥地紀行-



世界の偉人・著名人が日本人を絶賛
http://www.youtube.com/watch?v=L6HXwT6fPtk




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