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2006/6/17

ダビデ  旧約聖書
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■ ダヴィデ像(ダビデ像) (David) 1504年
height 434cm | Marble | Galleria dell'Accademia, Florence
ミケランジェロ(Michelangero Buonarroti)作
http://www.salvastyle.com/menu_renaissance/michelangelo_david.html


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ダビデは、イスラエル王国二代目の王で、第一代のサウル王の下でペリシテ人との戦いで功をたてましたが、後にサウル王に妬まれ、ペリシテに亡命。 サウル王の死後、ユダ族を中心とするカナン南部の諸部族の王となり、さらに北部諸部族の王となり、ヘブライ史上最大の王国を建設し、都をエルサレムに定め、ヘブライ人に最も愛された国民的英雄です。
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モーゼは、エジプトからイスラエルの民を引き連れ、約束の地カナンに導きましたが、現在のヨルダンのネポ山(聖書ではピスガの山)まで来たとき、ヨシュアに後を任せ、息を引き取りました。 ヨシュアは、ヨルダン川が死海にそそぐあたりに位置する、守りの弱かった城壁都市エリコを攻略し、そこを突破口にしてカナンに入りました。

カナンに入ってからも、イスラエル人は統一王国をつくらず、部族ごとに士師と呼ばれるリーダーを持っていました。 紀元前13世紀末頃から、サウル王によって統一王国が出来る紀元前11世紀末頃までを、士師時代といい、この時代のことは、旧約聖書の士師記に書かれています。

紀元前11世紀末の士師時代の終わりの頃、イスラエル人は、既にカナンの地に住んでいたペリシテ人とそのほかの強敵に囲まれ悪戦苦闘していました。 もはや部族単位でバラバラに戦っていたのでは勝ち目がないと判断し、一人の王の下に全部族の力を統合せねばならないと思うようになってきて、そこで全部族の信頼が厚かった宗教家サムエルに神意を問い、誰かを王に任命してくれるよう頼みました。

「王政は、いいことばかりではない。 王ができれば、あなた方は重税をむしりとられ、夫役を課せられ、子弟を戦場に駆り出されることになるだろう」 と警告しつつも、サムエルはイスラエルの人々の求めに応じて、サウルという武将を王にしました。

サウル王は、最初のうちはペリシテ人との戦いに勝ちましたが、そのうち負けが込んできてノーローゼにかかってしまいました。 家臣たちは王の心を慰める為、竪琴の名手で詩人の羊飼いダビデを探し出し、王に仕えさせます。 

サウル王はダビデを気に入り、そのうちダビデは一隊の長にとりたてられ、戦いの度にめざましい活躍をしましたが、これがサウル王の嫉妬をかい、サウルに命を狙われるようになってしまいます。

その後、ダビデはペリシテ人の王アキシュの下に身を寄せ重宝がられますが、裏切りを警戒されてイスラエル人との戦いに加えられる事はありませんでした。 紀元前1000年にサウル王とその子ヨナタンはペリシテ人との戦いで壮絶な最期をとげます。

この時、サウル王の息子ヨナタンと固い友情で結ばれていたダビデは、ヨナタンの死を悼む美しい歌を詠み、「弓」と題し旧約聖書のサムエル記下一章に収められています。

ダビデは傑出した詩人で、その詩の多くは旧約聖書の詩編に収められています。 ヨーロッパの教会などで、王冠をかぶり竪琴などの楽器をもっている彫刻があれば、まずそれはダビデであると言ってもいいでしょう。

サウル王の死により、ダビデには新しい運命が開ける事になります。 ユダ部族を中心とする南部のイスラエルがダビデを王に迎え、紀元前993年には残る北部のイスラエル人たちもダビデを王と認め、強力なイスラエル統一王国が実現する事になります。

この頃、ユダ部族を中心とする南部の王国の都はヘブロンでしたが、統一王国からすると南にかたよりすぎているので、ダビデは三方を深い谷に囲まれた自然の要塞地、エルサレムに目を向けました。 この頃、エルサレムはエブス人のものでしたが、ダビデはこれを打ち破り、エルサレムはイスラエル統一王国の都となりました。

ダビデは、エルサレムを本拠にし、ペリシテ人を完全に打ち負かし、周辺の諸地方も征服し、北はダマスカス、南はアラビア砂漠のふちまで、東は現在のヨルダン、西は地中海岸に至るまでを領土に収め、ユダヤ王国の黄金時代を築き上げました。

ダビデの息子ソロモンの時代に、壮麗なエルサレム神殿や王宮が築かれ、繁栄を謳歌しますが、この時、エルサレム宮殿に刻まれた六芒星(ヘキサグラム)紋が、「ダビデの星」と呼ばれ、今日のイスラエルの国旗のマークとなっています。

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冒頭に紹介した写真の彫刻は、ダビデがまだサウル王に仕えていた頃、ペリシテの大巨人ゴリアテと戦う時のダビデを表現した物で、ゴリアテを睨みつけているところです。肩にかけているのは投石用の袋で、ダビデは石投げの名人であり、これでゴリアテを倒しました。 

また、何故ダビデが裸なのかというと、ダビデがゴリアテと戦う際、サウル王はダビデによろいを身に着けさせましたが、「ダビデはそれを脱ぎ去り、羊飼いが使う石投げ紐と、投石袋だけを持って進み出た」 という聖書の記述を表現した物です。

ダビデの話は、旧約聖書のサムエル記に紹介されています。

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