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2020/8/24

ネイサン・マイヤー・ロスチャイルド ワーテルローの戦いでの株価操作  財閥(日本・世界)




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The Battle of Waterloo, Oil on canvas in its original plaster frame, 32 x 69½ in, 81 x 177 cm




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ワーテルローの戦い  1815年戦役の戦略状況





かつてナポレオンは「私は戦陣に敗れることはあるかもしれないが、自信過剰や怠慢によって数分たりとも浪費することはない」と語っていたが、この戦役での彼は時間を浪費しがちだった。リニーで勝利したナポレオンは緩慢に時を過ごし、翌6月17日11時にようやく各隊に命令を下すと進発し、13時にカトル・ブラのネイの軍と合流をして英蘭軍を攻撃しようとしたものの、既に敵陣はもぬけの殻だった。 フランス軍はウェリントンを追撃したが、ジュナップで騎兵同士の小競り合いが起こっただけで、その日の夜は土砂降りとなった。リニーを出立する際にナポレオンは右翼軍司令のグルーシー元帥に兵33,000をもってプロイセン軍を追撃するよう命じた。遅すぎる出発、プロイセン軍の針路が不明なこと、そして命令の意味が曖昧だったことで、グルーシーがプロイセン軍のワーヴル到着を阻止するには手遅れだった。

1815年6月17日の終わりに英蘭軍はワーテルローに到着し、ナポレオン軍の本隊がこれに続いた。この頃、ブリュッヘルのプロイセン軍はワーヴルの町から東へ13kmの位置に集結していた。ラ・ベル・アリアンスで、ナポレオン率いるフランス軍72,000[1]とイギリス・オランダ連合軍68,000[2]と、ほぼ互角の勢力同士が対峙した。 wiki





第二代王ネイサン・マイヤー・ロスチャイルド(1777-1836)在位1812-1836 はモーゼス・モンテフィオーレの義妹と結婚し、「かくしてスペイン・ポルトガル系ユダヤ人の指導層とつながりをつくり、彼らとアムステルダムとの関係を利用してロンドンの金融界を支配するに至った」(ユダヤ百科事典、第10巻、494ページ)。

ロスチャイルド家の熱心な支持者であった歴史家ジョン・リーブズはネイサンを評して、恥知らずの無頓漢で極端なケチだと書いています。


ユダヤ人ベニヤミン・ディスレリーは、次のように述べています。

「彼はほとんどの主要都市に、信頼のおける兄弟か近い親戚を配置した。 彼は世界の金融市場の支配者であり、主人だった。 したがって当然のことながら他の全てのものの実質的な支配者であり、主人だった。 イタリア南部の収益はすべて彼の抵当に取られているようなものだった。 すべての国の君主や首脳は彼の忠告を得ようと努め、彼の提案に従がった。」



歴史家リーブズは、ネイサンがワーテルローの戦場付近を離れるやいなや、イギリス海峡へ急ぎ行って、大金をはたいて船を雇い、嵐を突いてイギリス海峡を渡った。 脱兎のごとくロンドン証券取引所に駆け付け、そこに憔悴しきった様子で姿を現し、ウェリントンはワーテルローの戦いに敗れたと言いふらした。そして自分の言葉が本当だと思わせるため、これ見よがしに株を投げ売りした。 これは株式市場に大恐慌を引き起こし、誰もが株を超安値で投げ売りした。 その間ネイサンは代理人を通して密かにその株を買い集めていた。 

当時、電報も電話も無線も速達もなく、ウェリントンがワーテルローの戦いに勝ったという
知らせが届いたのは数日たってからだった。 大歓喜が巻き起こり、株式市場はおおいに沸いて株価は史上最高値となった。 その時ネイサンは買い集めた株を処分した。

このやり方こそ、以後ロスチャイルド家が踏襲してきたやり方であり、一族が巨万の富を築いた手段の一つである。 「ネイサンは5年間の間に財産を2500倍にしたと自慢している。」(『金融王ロスチャイルド』167ページ)



もしこれが本当とするならば、当時(1820年頃)ロンドン分家の資産は300万ドルから75億ドルに増えたことになります。


ネイサンは私設銀行N・M・ロスチャイルド&サンズ社を興し、パリ、ウィーン、ナポリに支店を設けました。 ここでは両替や、国債をはじめ各種の再建などを取り扱い、銀行、鉄道、鉄鋼、軍需産業、その他の会社の財務業務の代行や監督を行いました。 

このN・M・ロスチャイルド&サンズ社には様々な名前をつけた支店があり、アメリカでは以前オーガスト・ベルモントと称していたクーン・ローブ商会がその代表であり、J・Pモルガン、セリグマン、スパイアー、リーマン、その他の私設銀行もこの傘下にあります。



クーン・ローブ商会のジェイコブ・シフ(ユダヤ的にはヤコブ・シフ)は日露戦争の時、ロスチャイルド・ロンドン家、パリ家と日本に財政支援してくれた事で有名ですね。 
日本政府は、この功績に報いるため、1906年春にシフ夫妻を日本に招待し、明治天皇が晩餐会を催して、わざわざシフを謁見しました。


ジェイコブ・シフ
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/663.html











財閥(日本・世界)シリーズ スタート
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2629.html
世界の巨大財閥の100年 米・欧編 
(NHKスペシャル動画 ロックフェラー・モルガン・デュポン・ロスチャイルド・etc)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2630.html
ロスチャイルド財閥の始まり 放たれた5本の矢(子供達)
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2631.html
ロスチャイルド家の4つの家訓とM・A・ロスチャイルド&サンズ会社 
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世界の長者番付とロスチャイルドの資産
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金の価格はこうやって決まる 黄金の間でのフィキシング
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ナディーヌ・ロスチャイルド
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地中海クラブ(Club Med)
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ロスチャイルド王朝 第二代王は3男のネイサン・ロスチャイルド  
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/2638.html





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