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2020/8/28

ノーベルとロスチャイルド  財閥(日本・世界)



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Alfred Bernhard Nobel (1833-896)




アルフレッド・ベルンハルド・ノーベル(スウェーデン語: Alfred Bernhard Nobel, 1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、スウェーデンの化学者、発明家、実業家。

ボフォース社を単なる鉄工所から兵器メーカーへと発展させた。350もの特許を取得し、中でもダイナマイトが最も有名である。ダイナマイトの開発で巨万の富を築いたことから、「ダイナマイト王」とも呼ばれた。

遺産を「ノーベル賞」の創設に使用させた。自然界には存在しない元素ノーベリウムはノーベルの名をとって名付けられた。ディナミット・ノーベル(英語版)やアクゾノーベルのように現代の企業名にも名を残している(どちらもノーベルが創業した会社の後継)。 wiki



アゼルバイジャンのバクーには、記録に残る上で歴史上最も古いかもしれないとされる油田があります。 紀元前から石油が地上に湧きだしていて、聖書にも登場します。

バクーはどこにあるかと言えば、カスピ海の中央付近に西側中央少し東側に飛び出した所にあります。

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バクーでの石油の採取は紀元前より行われ、皮袋に詰められラクダでイランやイラクに運ばれたといいます。その石油は灯火用あるいは建物や船のモルタルに、あるいはミイラの防腐剤として使われていました。

初めは地表への湧出油を採取していましたが9世紀には手掘りの井戸が掘られ、16世紀には石油産業の様相を呈しています。1683年にスウェーデン国王の命を受けたドイツ人医師ケンペルが訪れ、欧州人として初めてバクー油田を調査。

この地に目を付けたのがノーベル賞の設立で知られるアルフレッド・ノーベルとロベルトのノーベル兄弟です。

彼らはこの地にノーベル兄弟石油会社を設立し、原油生産を開始。 ノーベル兄弟のビジネスは、ロシアに向けてカスピ海を北上させ、水路と陸路をつないで石油をロシアに供給するというものでした。だが、その供給路は非常に厳しく、輸送季節も制限されていました。

そのため、バクーの膨大な産出量に関わらず、はるかかなた、米国からロシアは石油を輸入するほどだったのです。


1888年にはバクー原油がスエズ運河を経由して日本に輸入されています。 1898年にはバクーに230kmのパイプラインが敷かれていて、1901年の時点では3000本以上の石油井戸があり、年間1100万トンが生産され、米国を抜いて世界の石油産出量の半分をバクーが占めるようになりました。




ライオネル・ド・ロスチャイルドは、1854年、イギリスの戦費調達に協力し、クリミア戦争でイギリスを勝利させた。彼はイギリス政府の対ロシア戦争を金銭面から支援すべく、1600万ポンドもの英国公債を公募。 この戦争以降、ロシアの財政は急速に悪化、跡を継いだアレクサンドル二世(皇帝)が農奴解放などの近代化を進めるも、国力が低下していきます。


パリ家当主アルフォンスは1883年に財政困窮に陥ったロシア政府の公債発行に協力を申し出、その見返りとしてバクー油田の中でも最大級のバニト油田をロシア政府より与えられた。


パリ家ロスチャイルドのアルフォンスが、1883年にロシア政府の財政困窮を助ける公債を引き受け、バグーで最大級のバニト油田を手に入れた頃、バグー油田では、スウェーデン人化学者のアルフレッド・ノーベルも進出していました。

しかしながら、当時の採掘技術や、輸送技術では、採算をあわせるのは困難な事だったので、ノーベルは、資金繰りに困り、ロスチャイルド家の融資を仰ぎ、ロスチャイルド・ノーベル企業連合が誕生し、火薬ではデュポンと1897年に秘密協定を結び、死の商人として、デュポンと共に、火薬市場を独占してゆき、莫大な財産を手に入れました。

ダイナマイトで、大量殺戮の戦争により、巨額の利益をあげ、「ノーベル平和賞」を制定したのは、最大のパラドックスであり皮肉であります。


こうしてノーベルはロスチャイルドの融資を受け莫大な富を獲得し、ノーベル財団を作る事になったので、ノーベル賞は、ロスチャイルド・ノーベル賞とも言われる所以となりました。 ユダヤ人は確かに優秀ですが、ノーベル賞受賞者にユダヤ人が実際多いのも、ロスチャイルドの資金援助が関係しているかも知れません。




また、ノーベル賞に関しては、何故に数学賞がないのか?とか、かなりノーベルの恋愛事情に関係しているところが多いので、既に投稿している次の記事をお読みください。




ノーベルの恋の物語
https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/153.html






アルフレッド・ノーベル(1833−1896)は、江戸後期に、スウェーデンのストックホルムで生まれました。 生まれたばかりの時には、父イマニュエルは倒産しておりましたが、その後、機雷ビジネスを始め、クリミア戦争の時、ロシア政府相手に、大儲けしました。

しかしながら、1853年のクリミア戦争の終結と同時に、注文はなくなり、軍からの支払いも滞って、父イマニュエル・ノーベルは、再度倒産してしまいました。



この経験により、アルフレッド・ノーベルは各国政府に取り入り、敵味方に火薬や兵器をうりさばく、死の商人としての感性を学んだ、と言われています。



彼は、知人の化学者ソブレロが発明した爆薬ニトログリセリンを、初めて実用化に成功させ、さらにこれを改良して1866年にダイナマイトを発明しました。

このダイナマイトの発明により、莫大な富を築いたアルフレッド・ノーベルは、1875年にバクー油田に進出しましたが、資金繰りが悪くなり、ロスチャイルド家から融資を受けるようになり、そうして、ノーベルが精製した石油を、ロスチャイルド家が販売し始めました。





そうして、ノーベルの火薬は、ロスチャイルド結びつき、鉄道ブームで供給の不足した鉄や石炭などの地下資源を求めて、ノーベルのダイナマイトで山を爆破させながら、ヨーロッパはアフリカやアジアに進出(侵略)してきたのでした。


地中海を挟んで、フランスの向かい側に位置する北アフリカのアルジェリアは、長くフランスの植民地でありましたが、ロスチャイルド・パリ家とフランス政府が、鉄資源を求めて、アルジェリアを侵攻したのです。 また、ロスチャイルド・ロンドン家とイギリス政府も同様で、アフリカやアジアに進出(侵略)してきました。





ちなみに、ヨーロッパ大陸での最初の鉄道は、ロスチャイルド・ウイーン家のソロモンが、1835年にウイーンと北部ボヘミア間を走らせたもので、その名もハプスブルグ家の皇帝にちなみ、「フェルナンド皇帝鉄道」でした。


その後、ロスチャイルド・パリ家のジェームズが、パリーサンジェルマン間と、パリーヴェルサイユ間を完成させた後、1846年には、パリとヨーロッパ北部の都市を結ぶ、長距離鉄道「北部鉄道」(Chemin de fer du Nord)を開通させました。 後に、このロスチャイルドの私企業の鉄道が、フランス政府により国有化され、フランス国鉄(SNCF)の母体となりました。


また、重くて嵩張る石油を運ぶ手段として、鉄道が利用され、共に発達していった事はいうまでもありません。





ノーベルの火薬は、ロスチャイルドの兵器会社と結びつき、第1次世界大戦で巨額の富を得る事になりました。



第2次世界大戦でもドイツの「バイエル」、「BASF」、「ヘキスト」、「AGFA」と他4社が合併してできた世界最大の化学会社「IG−ファルベン」に提携していたのが、ノーベルの「ダイナミット社」。  


これに対抗して翌年の1926年、イギリス最大の化学会社「ICI」が設立されましたが、「ノーベル」と「モンド」とさらに2社が加わり合弁会社となったものです。




このドイツの「IG−ファルベン」とイギリスの「ICI」が、第2次世界大戦で激しく
火薬などの化学製品でぶつかりましたが、いずれも敵味方にノーベルの影があったのです。 また、1926年には、「IG−ファルベン」、「ICI」、「デュポン」の間で、火薬の世界市場を3分割する協定が結ばれました。





国家やそれを支援する企業を信じて疑わず、多くの戦士達が、国家の為に、凄惨な戦いを繰り広げ、命を落としてゆき、残された家族は哀れな運命を辿りましたが、

国家お抱えの軍需産業の会社間では、争いどころか、国民の命を犠牲にして、しっかりと儲けの為の協定が結ばれていたのです。



この協定が破棄されたのは、1952年に米国司法省に命令されてからでありますが、既に第2次世界大戦は終結しておりました。

















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